第14話 軛村ニテ神退治ノ事(三) 巫女塚

 神社の裏にあるという巫女みこづかを調べる為に僕達はまたうんざりするほどの石段を登っていた。


 隣の飴屋は跳ぶように軽やかな足取りで進んで行く、まるで重力の負荷が僕とは違うみたいだ。


「さすがにお疲れのようですね玲さん。おんぶして差し上げましょうか?」


 軽口を返す余裕すらなく僕は階段に腰掛けた。


 肩に下げていた水筒からコップへ麦茶を注ぎ飲み干す、香ばしく心地よい水分が染み渡っていく。出かけるといった僕達に道代さんが持たせてくれたのだ。

 コップにお茶を入れ飴屋に渡すと元気とはいえ流石に喉が乾いていたのか喉を鳴らしながら美味そうに飲んでいる。



 ━僕は真っ直ぐ前を見る



 足下には、何の変哲もない明るく清くそして正しそうな昼下がりの村が広がっていた。


「ここから眺めていると何の不幸もない幸せそうな村なのにな、そうは思わないかね?飴屋君。」


 ホームズとワトソンの会話のようなやり取りを意識して僕は大袈裟に飴屋へ語りかけた。


 …飴屋は水筒にコップを取り付けるのに苦労しているようで一心不乱にコップを回している。


「そうですね、うん?山神の庇護のもと、自然の恵みを享受していた時とは全く変わってしまったようですが、綺麗に区切られた田畑にあれ?おかしいな、良く働く村人達、村長の統率に依って団結しているようです。ただ…」


 ただ?僕は鸚鵡おうむ返しをした。


 やっと水筒のコップが取り付けられたようで飴屋は満足そうな顔をしている。そのまま僕の隣に座り話を続けた。




「いつの時代に作られた物かは分かりませんがあのわらべ歌を作った人は何かしら腹の底に思うところがあったように私には思えるのです。

 最初の歌詞、やまがみにとられた、の部分が少し引っかかりましてね。」




「村の為に人柱を選んだのなら村側が作る歌詞は〜おくった、とか〜ささげた、だとか能動的な言葉の方が自然な気がするんですよね。玲さんもそう思いませんか? …ただこれは私自身の感覚なので自信を持っては言えないのですが。

 とられた側、人柱に取られた家族やそれに近しい者がこの歌を作り、歌い継いでいるのだとすれば歌詞の中に山神に関して何かしら伝えたい事があるのかも知れません。

 どころが分からぬよう、囚人が検閲を逃れ手紙に暗号をしたためるようにそっと願いを込めて。」


 膝の上で両手を組みそこに顎を載せて飴屋が続ける…どうやらワトソンは僕の方だったみたいだ。


「歌の中身といえば、山神に取られた【モドリ】はうえかいなうえかいなと繰り返すだけのものになってしまった…うーん、よくわかりませんね。」


 話を聞きながら流れている雲を見るともなしに見ていると不意に疑問が浮かんだ。


「なあ、昨日村長達は【モドリ】の話なんてしてたっけ?」


「いえ、初めて生贄にした巫女と鍛冶屋の昔話、再開してからは三人が山で消える度に生贄の娘を捧げるという事だけでした。

 歌が未だに残っている事を踏まえて推察するに村人達は【モドリ】が居るという共通認識自体は持っているようですね。」


【モドリ】について分かれば山神についてぼんやりとでは無くもっとかくのある情報が手に入るかもしれない、だというのにどうして村長は僕達にその事を一切話さなかったのか?


 疑念が暗雲のように立ち込める。


 やはり村側は僕達に対して情報を絞っているのだろうか。


 *


 休憩を終えた僕達は山神神社の境内の裏手、正面から見て北東側にある石碑の前へと辿り着いた。


 その塚の前に来るまでは自分の体力の無さにこれからの事を考えてYouTubeで見たスクワットでも始めようか、などとくだらない事を考えていた僕は突然の腕の痛みに思考が止まった。


 その異変に気づいても飴屋は僕を静かに見守っている。





 辺りの静寂、そして




 ━感情が流れ込んでくる、これは…無念と恐怖、そして…矜恃、なのか?

 そうか、この思いは"初めの巫女"のものなのだろう。


 通り抜けていった巫女の思念を思い出しながら飴屋の方を振り返る。


「飴屋、今ここにあるのは巫女の最期の時の思いだ。

 山神に首を撥ねられる寸前までこの人は村を守れるという誇りを持って死んでいった…」


「…そうですか、強い方だったのですね自らの命を懸けてまで村を…どうか安らかにお眠り下さい。」


 二人で塚に向かい手を合わせる。




 ━最初は触媒を手に入れる為だけに受けた依頼だったが残っていた巫女の記憶にじかに触れ、山神を退治したいという気持ち、そして村を助けたいという決意がみなぎった。


 僕はすこぶる人の感情に感化されやすい。


 *


 それから僕達は【モドリ】についての情報を集める為、表の鳥居の方へ戻って来た。


 鳥居をくぐり日が傾き始めた村を眺める、ふと目をやった先に粗末な荒屋が建っていた。

 他の家々、藁葺き屋根とは違い痛みが酷くパッと見た限り廃棄されているようにも見える。


 その異質さに飴屋の肩を叩き、あれと言って指し示した。


「うーん、一見廃墟のようですがあの家には人が住んでいるようですね。ほら、端の方に洗濯物が干してありますから。」


 よく見ると確かに屋根の陰に隠れてはいるが白い物がはためいている。


「なんであんなに離れた場所に一軒だけ建ってるんだろう?」


「気になるのであれば行ってみましょうか?手がかりは一つでも多く、ですから。」


 その時、玉砂利をザリザリと歩く音が聞こえて僕達は境内の方を振り返った。


 そこには神主と思しき老人が立っていて僕達の方をまじまじと見つめている。


 突然の村人との遭遇に僕の声が震える、何か会話しなければ、というだけの言葉が口から出た。


「こんにちは、神主様でしょうか?」


 品定めをするかのような厳しい視線を感じた後、たくわえた白髭を撫でつけながら低い声で神主が言う。


「いかにも、ワシらが代々このやまがみ神社の一切を執り仕切っている。」


 威圧感を隠そうともしない老人に対面した僕は思った。


 ━この人間の事を僕は嫌いだ。


「つかぬ事をお伺いしたいのですがあの端に見える家はどうしてあの様に離れた場所にあるのでしょうか?」


 いつもと変わらず物腰柔らかに飴屋が尋ねる。


「あそこは忌み人が住む場所、決して近寄ってはならぬ。」


 相変わらず鉄面皮のまま恫喝の様な言葉を投げつけてくる。


 忌み人?何故村にそんな人が住んでいるのか気になったが

 それよりもまず聞きたい事が僕にはあった。


「あのモド…」


 飴屋が僕の背中をつねる。


 痛い、間髪を入れずに飴屋がそれでは、ときびすを返し僕の手首を掴みながら階段を降りて行く。


「どうしたんだよ!痛いじゃないか。」


「すみません、あの方に【モドリ】について聞くのは得策では無いと思ったものですから。」


「なんでだよ、神主なら色々知っているかもしれないだろ?」


「玲さん、だからです。村長があえて言わなかったとしたら山神を祀る中心にいる者として答えてくれるとは思えません。」


 背中の痛みを感じ冷静になるとそれはそうだな、と僕は思った。


 どうやら巫女の魂にあてられて秘密を解き明かしたいという気持ちが僕を急かしているようだ。


「好奇心は猫を殺す、とはよく言ったもので。」


 深呼吸をして僕は心を落ち着かせた。


「分かった、すまない飴屋、もう焦らないよ。よし!じゃああの家へ行ってみようか。」


「忌み人、他の村人と繋がっていないなら色々な話をきけるかもしれませんね。」


 そう言って飴屋は頷き僕達はまた長い階段をゆっくりと降りていった。

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