人形屋敷編

第4話 人形屋敷ノ事(一) 経緯

 電話を切ると僕はあのバーへ向かった。


 似たような路地裏が何本かあり少し迷った後に見覚えのある扉を見つけそこで僕は大きく息を吐いた。

 そう言えば、と注意深く店の外観を眺める。初めて来た時は深く酔った勢いで何となく入ったので名前すら覚えていなかったが間違いなくここだろう。重厚で大きな木製のドアの中央上部にしんちゅう製のプレートが嵌め込んであり


【Barカクリヨ】


 と刻まれていた。


 中世から存在していたかの様な古びた洋館を思わせる外観は何故か僕に郷愁を思い起こさせた。遠い昔から知っているような気がしたが上手く思い出せそうには無い。似たような店に行った事があったろうか?少し考えてから気を取り直して扉を開ける、カランコロンと備え付けの鐘が鳴りカウンターを見ると飴屋が座っていた。

 こちらを向くとグラスを掲げいつもの笑みを浮かべる。飴屋の一つ奥の椅子に若い女の子が座って俯いていた、彼女は依頼者だろうかなどと考えながら飴屋の隣に座る。

 夏の夜道を歩いているうちに汗をかいた僕はマスターにビールを頼んだ。


「お待ちしていました玲さん。今日はよろしくお願いします。」


 ユーレイさんと呼ばれない事で僕はその女の子が依頼者だという事を確信する。


「この方は順子さんと言います。」


 お互いに軽く自己紹介をしてから飴屋が本題に入る。


「今回の依頼は彼女の友達を人形屋敷から救い出す、というものです。順子さん詳しい経緯を話していただけますか?」


 まるで捕食される寸前の小動物の様に順子は話し始めた。


「私はこの近くの専門大学に通っているんですけど良く遊ぶ仲のいいグループがあって1週間程前に夏だし肝試しをしようという話になりました、私と瞬君、美奈ちゃんと健史君の四人で。

 そこは瞬の地元にある心霊スポットだったらしいんですけど住宅地の一角にフェンスで囲まれた鬱蒼と茂る森があってその中に人形屋敷があって…」


 僕はビールを飲む手を止め話を聞く。


「名前の由来はその屋敷には元々老夫婦が住んでいてやっとの思いで生んだ子供を病気で7つになる前に亡くしちゃったらしくて、悲しんだ2人は死んでしまった男の子に似せた人形を作り毎年一緒に写真を撮り続けたらしいんです。その人形が今も残っていてそれを粗末に扱うと呪われるって瞬から聞きました。」


 思い出したくないという風に首を振りながらそれでも順子は話し続ける。


 そうして夜中の3時頃にくだんの場所へ辿り着いた彼女らは近くのパーキングに車を止めフェンスの破れた場所から懐中電灯を各々持ち森へ潜り込んだ、はぐれたらこの場所で待ち合わせをすると約束をして。


 辿り着いた屋敷は屋根や壁がボロボロに朽ち果て所々床が腐っていたらしい。

 注意深く小声で合図をしながら階段を昇り人形が置かれているという部屋まで彼女達は進んで行った。


「本当に人形があったんです。それも段々と成長していくみたいに何体も。顔の少し違うまるで男の子が大きくなっていく過程を写し取った様な綺麗に着飾った人形が5、6体並べてありました。」


 順子の震えが大きくなり無言になった。


「そこで貴方は何か怖い思いをしたんですね?大丈夫です、私達が付いていますから。」


 落ち着き払った声で飴屋が言う、彼の声はどこか人を落ち着かせる効果があるみたいだと僕は思った。


 順子は冷めてしまったミルクティーを一口飲むと顔を上げ、言った。


「怖いなと思いながら人形を見ていると4人で部屋に居たはずなのにいつの間にか瞬が消えてて、どこからか叫び声が聞こえたんです。ああ!来るな!来るな!って瞬の声が。心臓が破裂しそうな程恐ろしかったです。必死にみんなで二階を探したんですけどどの部屋を探しても見つからなくて…廊下を探している時に急に人形の部屋から気味の悪い唄が聞こえてきてパニックになった私達は一目散に逃げました。」


 車の前まで3人で必死に逃げ帰った時には夜が明けようとしていた。


 朝になってもう一度屋敷を探したがどこにも瞬はおらず瞬の家族に全てを話し警察に届け出たがまともに取り合ってもらえず1週間経った今も見つかっていないのだと言う。


 どうにかしなければとオカルト好きの知人から飴屋を紹介してもらいここに来たという事だった。


「実は私は瞬と付き合っています、どうか彼を見つけて下さい。謝礼はきちんとお支払いします、人形にも謝ります!きっと瞬はあの屋敷で私を待っているんです。お願いします!お願いします!」


 今にも泣き出しそうな顔で順子が言う。元はと言えば自らの行いが招いた結果だとはいえ代償が余りに大きすぎると僕は思った。


「お話は分かりました。確かに瞬さんはきっと今もその場所に囚われているのだと思います。玲さん、準備はいいですか?」


 濡れたような涼しい目を飴屋は僕に向けた。


 何をすればいいか分からなかったが恋人が消えてしまった彼女の姿が洋子と綾を失った僕の心を締め付けて何とかしてあげたいと思った。


「行こう、瞬君を助けに。」


「行きましょう、人形を眠らせに。」


 僕達は人形屋敷に向かう事になった。



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