6. 私とユエさんとモンチャン

 はい。

 ずっと後になって、いろいろ忘れてしまったユエさんから、私たちはいつ結婚したのかと尋ねられたことがあります。私はこの日の事を話しました。

 ユエさんは随分と笑っていましたよ。モノの怪の腹の中で結婚した夫婦なんて、世界中探したってわたしたちぐらいだと。出会った頃と変わらない姿で、小鼻に皺を寄せてね。


 さて、そんな思い出のダンダラココも、日の出前にユエさんがきれいさっぱり食べてしまいました。


「わたし、こういうひとだけど、本当にいいの?」右腕についたダンダラココの血をべろりと舐め取り、ユエさんは文字通り「もう一つの顔」を見せて言います。


 鋭い牙を持つ白猫の顔、モノの怪喰いの化け猫としての顔です。


 人の頭が猫の頭にすげ変わるところも、細い指がダンダラココのしんばしらを切り裂くところも、しぼんでクラゲのようになったダンダラココの正体を、猫頭の牙が引き裂いて飲み込むところも、この目ではっきりと見まして、私は腰を抜かしていました。


 情けない話なのですが、もしモンチャンがいなかったら、ユエさんの問いに答える決心はつかなかったかもしれません。

 本当にいいの? と問うたユエさんに、モンチャンが鼻面を擦りつけたんですよ。あいつは動物ですから、私たちが何を話してるかなんてお構いなしです。

 それで、ユエさんの素の部分が垣間見えました。耳長馬に気をそらされ、再び私を見たあのひとの、白猫の形をした顔には、不安が見えたのです。


 私は立ち上がろうともがきました。大事な事を言うのに、腰を抜かしたままではいけません。ユエさんが手を貸してくれまして、私は軽々と助け起こされました。「ユエさん」と声をかけます。握ったままの手から、緊張がわかります。


「私は、あなたがいい」


 猫の顔へ言いました。人の身体に猫の頭が乗っているのは異様ですが、瞳をみれば、やはりユエさんだとわかりました。

「そりゃ、たまたま三回あっただけの相手です。それはバカな私でもわかっちゃいるんです。でも、初めて会った時からですね、次の町に、あの道を曲がったところに、猫の右目のまじない師さんがいないかと期待しない時はありませんでした。この広い世の中で、お互い勝手に動いてるのに、三回も会えたんです。でも、次からは偶然じゃなく、必然がいいです。ユエさんには私の所に帰ってきてほしいですし、私はあなたの所に帰りたい。ユエさん、あなたが好きです」


 ユエさんの表情は読めません。金と琥珀の瞳で私を見つめています。真珠色の毛でおおわれた口が動いて、牙の隙間からユエさんの声がします。


「わたしは……きみが初めてだったんだよ、誰かに再会するのって。知ってる人にもう一度会ったってだけなのに、きみはなんだか嬉しそうにしてて、わたしも──笠の神様が指す先に、クォンがいたりしないかな、とは、思ってた」


 ユエさんの頭が、猫から人へと戻っていきます。真珠色の毛が抜け、磨いた稲藁みたいな色の髪が肩口でと跳ねます。その髪先が、払暁の光を含んでいました。やっぱり眩しいひとでした。


「わたしにはね、秘密がたくさんあるんだ。これからクォンは、それを知っていくことになるよ。それでも、わたしを嫌わないでくれたら……えっと、そんなふうにまっすぐ、す──好きとか言われたこと、ないから、どうしたらいいかわかんない」


 つい先ほどまで猫頭でモノの怪をむしゃむしゃ喰ってたひとが、顔を真っ赤にしてうつむきました。握った指先がもじもじと動いていまして私も一気にのぼせ上りましてベェヘーヒェ!! と耳長馬みみながうまが鳴きます! モンチャン!


 顔が熱いまま、私は気まずさを振り払うべく提案しました。

「──ええと、とりあえず出発しましょうか。私は城下へ向かうつもりでしたが、ユエさんは、どんな予定でしたか?」

「いいよ、きみと一緒に行く。笠の神様は一回お休み」

「じゃあ、道すがら、話しましょうか。これからの事だとか、いろいろ」

「そうだね。わたしも、相棒の事を紹介したいし」

「え、そんな人いるんですか!?」


 荷車の車輪が回ります。私たちは城下へと進みます。

 

 平笠の化け猫、化け猫ユエ。

 私の生涯の伴侶でした。

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