今といつかのダイヤローグ
ツヅク
第1話 私の中の…
(あ…、パン屋の店長さん…。)
新しくできたコーヒーショップで会計を済ませ、「ありがとうございました。」と営業スマイルと共にお釣りをもらった瞬間だった。
店の責任者らしいネームプレートをつけたおじさんの笑顔が、私のもうひとつの記憶と重なった。
彼の笑顔とちょっとクセのあるイントネーションは、間違いなく記憶の中のパン屋の店長さんのものだ。
黙って会釈してお釣りを受けとる。
(そっかー。彼はこちら側ではコーヒーショップの人なのか。)
甦った記憶にある彼は、目の前にいる彼より少し老けていただろうか。あのちょっと作ったような笑い方と、何よりも独特のイントネーションが同じだったのが可笑しい。
既視感、という言葉が当てはまるのか、正直わからないが、私の語彙では言い表せない感覚。私には、今まで経験してきた現実とは違う、もうひとつ全く別の記憶がある。勝手にあちら側とこちら側、と区別しているが。
あちら側の記憶は、ささいなきっかけで、いきなり頭の中にスパークする。やけにリアルな記憶なので、思春期特有の現象か、妄想、何かの病気か、心霊現象か、パラレルワールド!?まさかの前世?などと真面目に悩んだ時期もあった。
…けれど、悩んだ割りには日常生活には大した影響はない事に気付いた。
だって、その記憶はささいな拍子に急にでてきて、こちら側との小さな接点を気付かせる程度のものなんだもの。
今となっては、私はそういう人なんだろうと考える事にしている。
今回のおじさんのように、同一人物らしき人がいる事も多い。
でも、だからといって何が変わるわけでもない。2つの世界を比べて可笑しかったり、少し驚いたりはするが、所詮、私にだけしか分からない他愛のないものだ。
ただ、長年そういう感じて不思議な記憶を思い出し続けているので、かなりの記憶の蓄積があり、何というか、世界観?はかなりしっかりとした構成だ。
今日のコーヒーショップのおじさんは、私には顔馴染みさんだった。月に3度位は顔を合わせていたんじゃないだろうか。
職場に近かったパン屋には見た目もキレイなパンが沢山あって、とても気に入っていた。
一度何かの拍子に彼と話をした時があった。『私が甘いものが好きなので、ついつい甘めのパンを作ってしまうんですよ。』と言っていたな。
(彼、こちら側でも甘いもの好きなのな…?)
2つの世界にいる彼らは、何か、趣向とか、容姿、職業など、どこかに接点を持っているんではないだろうかと思う。
もちろん、登場人物が全員集合している訳ではない。さらに言えば、現実にはあり得ない設定?設定と言ってよいのかも分からないが、そういうものがある。
(…やっぱり、私の妄想だったりする?かなりヤバイ感じの。)
久々に新しいキャラクターの記憶がスパークしたからか、自嘲気味についつい考えこんでしまった。もし、この記憶が妄想だったとしたら、私は隠れた物凄い創造性を持っていると思う。それこそ小説家にでもなれるような。
私は苦笑いをしながら、あちら側の記憶を少し感慨深く思い返していた。
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