奇人
tonko
第1話
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ。」分娩室から出てきた先生が笑顔で言った。
「有難うございます。」赤ん坊の泣き声が分娩室に響いていた。俺は抱っこしていた3歳で長男になった颯斗と一緒に分娩室に入る。ベッドに横たわっている妻の瑠美子の傍に行く。ベッドには産まれたばかりの赤ん坊が隣に眠っていた。二人の傍で
「颯斗もお兄ちゃんだな。」
「お兄ちゃん?」
「そうだよ。」颯斗にはまだお兄ちゃんという実感がないらしく、産まれたばかりの赤ん坊を俺の腕の中から見下ろしていた。
「瑠美子、頑張ったな。ありがとう。」出産したばかりで、まだ多少、息が乱れている妻に労いの言葉を掛けた。
「また男の子だったね。」と苦笑していた。
「元気な子どもなら男でも女でも、どっちも大切だよ。」そう言って瑠美子の手を握った。それを見た颯斗が
「僕も。」と瑠美子と手を繋ぎたいと手を伸ばしていた。颯斗を下ろしベッドの横に立たせる。
「お母さん、手、にぎにぎして。」と両手で瑠美子の手を触る。
「にぎにぎね。」と笑顔で颯斗の手を握ったというよりも優しく揉んでいた。これが颯斗の言うにぎにぎなのだ。
「良かったな、颯斗。」
「うん。」嬉しそうに瑠美子の手をずっと触っていた。
「颯斗、ごめんね。寂しい思いさせて。」瑠美子が話しかけても颯斗の関心は瑠美子の手に集中していた。手を揉んでもらって、とても楽しそうな表情をしていた。
「大丈夫だよ。お袋が来てくれてるから。」
「そう、それなら良かった。退院まで大丈夫かな?」
「今の瑠美子は自分の身体と赤ん坊の事だけ心配してればいいよ。退院したら忙しくなるんだから。」俺は大変な出産で乱れた瑠美子の髪を優しく撫でた。
「ありがとう。颯斗をお願い。お母さんにもよろしく伝えてね。」
「分かった。」俺達が話している間も颯斗はずっと瑠美子の手を触り、嬉しそうにしていた。
俺と瑠美子は職場の同期入社での出会いが始まりだ。人見知りの俺に初めに話しかけてきたのが瑠美子だった。初めは慣れ慣れしい人だと思って警戒した。暫くすると瑠美子の天然な明るさと元気な所の徐々に惹かれ始めた。
だが、その当時は瑠美子には付き合っている彼氏が居た。まぁ、俺には彼氏が居る人を奪う程、そこまで自信はないので淡い片想いって感じで心の中にしまっていた。
ある時、会社の飲み会が行われた。俺の片想いを知っている唯一の男で同期の佐久間が俺に
「瑠美子、彼氏と別れたって。畠岡、今日がチャンスだぞ。」そう言って飲んでいる瑠美子の所に行くよう促してきた。余り気が乗らなかったが失恋の話位、聞いて慰めようと思っていた。
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