最後までの距離 (短文詩作)
春嵐
最後までの距離
「今日で終わりだね」
そう言う彼女。自分の隣。
ちょっとした長期出向なので、数年経てば本部に戻る。そういうものだった。
それでも。彼女にそれを言われるのは、やはりつらい。
「明日からはひとりで歩くんだぞ?」
そう言いながら、彼女が笑う。
自分は、何も言えず、とりあえず隣を歩くだけ。
「心配だなあ。事故には注意するんだぞ?」
この道を通らなくなるだけで。べつに出向先と本部はそんなに遠くない。駅前にあるか郊外にあるか程度の差。
いつもより。
ほんのすこしだけ。
ゆっくりと歩く。
彼女。
「じゃ、私はここで」
いつもの交差点。
彼女に手を伸ばした。
その手は。
彼女をすり抜けて。
消えた。
この交差点で、彼女は。
電話。
病院から。
彼女の容態のことだろう。
「そうか」
電話を切って、息を吐く。
この交差点で、彼女はいなくなった。
そして、今。病院のほうも。
交差点を渡る気が、起きない。
なぜか交差点脇に置かれているベンチ。そこに腰かけるのが、やっとだった。
今日で終わりだね。そう言った彼女の魂も。もうここにはいない。
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