第52話 わるい人はだいたい笑顔です

「ねぇ、エドガー。大丈夫?」



 心配するデイジーに対して、俺は店先で運んできた靴の仕分けをしつつなるべく元気な声で応えた。



「だひほぅ……」


「絶対大丈夫じゃないでしょ。消え入りそうじゃない」


「あぁ、わるい。久しぶりに出勤したら、親方にめちゃくちゃキレられて、まっていた仕事終わるまで寝るなって言われているから、もう三日寝てなくて」


「何それ? 新手あらて拷問ごうもん? 労働条件を見直した方がいいんじゃないの?」


「我慢するしかないんだよ。仕事なんてそうそうみつかるもんじゃねぇしな」


「貧乏人の悲しい実情ね」



 まったくもってその通り。


 親方が許してくれたのは幸運だった。まぁ、一度は死のうとした身としては、何を職にしがみついているんだとも思うが、保険は必要だ。仕事がなければ飯が食えない。


 ただ疲れているのは仕事が忙しいからではない。いや、忙しいのは忙しいのだけど、三徹さんてつくらい繁忙期はんぼうきにはよくあることだし、それだけならばなんともない。


 カラスへのダンス指導。


 時間をみつけては、カラスにタップダンスの稽古けいこをつけていた。俺だってそんなにうまいわけではないが、他に教えられる奴もいないのだからしょうがない。


 冒険者だけあって運動神経はいい。動きのキレはすばらしいのだけれども壊滅的にリズム感がない。


 そこを教え込むのがたいへんでなやましく、そちらの労力が俺の体力をいちじるしく消耗しょうもうさせていた。



「はぁ。何で俺はダンサーじゃなくて靴屋なんだろう」


「何言ってんの?」



 何言ってんだろうね。


 

「エドガー、一回ちゃんと寝た方がいいわよ」


「いや、いい。ちゃんと寝て冷静になっちゃうと今やっていることを疑問に思っちゃうから」


「うん、そこは疑問に思った方がいいんじゃないの?」


「少しでも疑問に思ったら、足って止まっちゃうんだよね。人間って不思議だよね」


「生命の危機を感じているんだと思う」



 デイジーの突っ込みは無視して、俺は無心で靴の選別を行った。今はとにかく仕事だ。やるだけやってまた休もう。あの音感ゼロおっさんをみっちり稽古しないと永久に終わらない。次休んだら殺すと親方に言われたけれど、もう一回くらいなら大丈夫だろう。だめだったら死のう。


 そのとき、急に声をかけられた。デイジーではない。男の声だ。



「ちょっと、そこのお兄さん。聞きたいことがあるんだけど、いいですかね」



 いいわけないだろ、このくそ忙しいのに。と言おうとして思いとどまる。そこに立っていたのはスーツ姿の強面こわもておじさんだったからだ。



「何すか?」


「いえいえ、この町来たらお兄さんがあっちこっちと走り回っているのが目に入りましてね。この町のこと詳しいんじゃないかと思ったんですよ」


「あ、そうすか」


「あ、名乗ってませんでしたね。私はカーターと言います。リゾナの町でいろいろお店やっているんですよ。隣町だからあんまり知らないですかね」


「あ、そうっすね」



 つまるところ、隣町のやばい人ってことだろう。返答こそしているが、俺は内心冷や汗をかいていた。そんなやばい奴が、俺にいったい何の用なのだろう。



「そんな人が、俺に何を聞きたいんすか?」


「あ、すいませんね、お仕事の邪魔して。いやいやたいしたことじゃないんですがね、最近、この町にこういう娘さん来てませんかね?」


「? いや、娘さんって。俺は確かに捨て靴を拾うために町をうろちょろしてるけど、みんなの顔を全部把握しているわけじゃ」



 と本心で言い訳したのだけど、カーターの差し出してきた似顔絵を見て、言葉が口から出て来なくなった。


 あ、知っている、この顔。


 愛嬌あいきょうのある童顔どうがん。くるくると巻いたくせっ毛をもりっと頭の上で結いで、これでもかというくらいに派手な化粧けしょうをしている。そして特徴的な猫ピアス。


 あの借金押し付けられ系猫ピアス女である。


 ん? ということは、このカーターという男、リゾナの町から猫ピアスの女を追ってきた借金取りか!


 

「いやね。知り合いの娘なんですが、家出しちゃったみたいで。私もこんな面倒なことしたくないんですが、額が額なんで」


「額?」


「いやいやこっちの話です」



 ごまかしきれてない。ごまかしきれてないよ、このおじさん。借金の取り立てにきてるじゃん、絶対。



「で、見たことありませんかね。こっちの町に来ているんじゃないかと思うんですけど」


「あー、どうだったかな。どこにでもある顔だしなー」


「そうですか? ずいぶん特徴的な顔だと思いますが」


「いや、うーん。やっぱりわからないな。ほら、俺、もてないから、女の子と縁がなくて、女の子の顔とかみんな同じに見えるっていうか」


「それは、お気の毒ですね」



 何かやばい人に同情的な目で見られた。


 少しばかりいぶかしんでいたが、カーターは特に追及する様子もなく、そうですかと言って足を引いた。



「相手がいないのでしたら私の店に来てください。女の子のいる店もありますので。まぁ、少々値が張りますが」


「あぁ、考えておくよ」



 俺が答えると、カーターはふふと笑って仲間と歩き去っていった。不気味な男である。絶対に関わり合いになりたくない。


 猫ピアスの娘に教えてやった方がいいだろうか。どこに住んでいるのかわからないけど。まぁ、今度会ったときでいいか。


 俺が、やれやれと肩を落としていると、横でデイジーが、じとーっとした目でこちらを睨んでいた。



「何?」


「嘘つき」


「何が?」


「あの子のこと、知らないって嘘でしょ」


「いや、そんなこと」


「そんな嘘が、私に通じると思っているの?」


「嘘じゃないって。何だろう。夢で見たのかなって」


「ふーん」


「ほんとほんと」


「へー」



 まったく納得していないといった視線でぎろりと睨んでから、ふんと背を向けて、横目で言った。



「すけべめ」



 えー、何で?


 プライベートも仕事もうまくいっていない。正直言って、他のことなんてやっている場合ではないのだけどやめられない。おっかない話を聞いて、好きな幼馴染が怒って、裏で親方が怒鳴っていても、俺の頭の中にあるのは、温泉好きなおっさんと人魚とダンスのことだけだった。

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