第36話 氷上の疾走劇 その7なのです~大王烏賊~
私はとても
ここは舞台の上。
主は、観客だ。私達が
今、この
だけど。
「カラスのばぁぁぁぁかぁぁぁぁぁあ!!」
こいつのことは恨む!
風の音が
「カラスのあぁぁぁぁぁほほほほほほほぉ!」
身体はへとへとなはずなのに大声は出るのだから不思議である。いや、そんなことどうでもいい。今は、この重力に見捨てられた身体が、無事に地面に受け止めてもらえるかが気が気でならない。
ものすごい勢いで魔晶岩が近づいてくる。
実際のところ一瞬のはずである。しかし、永遠に
お願い! 何も起きないで!
私の祈りが届いたのか。
それとも、移動速度が速すぎてどの魔物も手出しできずにいるのか。私達は、海の上を
岸が眼前に
が、そのとき。
ザバ!
波が高く
「アリス!」
「わかってる!」
言うと同時に、カラスは私の身体は上空に放り出される。反動でカラスは下へ。向かってきた船食百足の
カラスは船食百足の胴に足をかける。私は、空で身体をひねる。上と下。私とカラスはほぼ同時に、剣を振るい、
「「邪魔だ!」」
船食百足の体節を切り刻んだ。
宙に舞った体節に足をかけ、私とカラスは跳ねた。痛みはあったが最後の
遠かった。
あまりに遠かったが、だけど、だけれども、走って、走って、走り切ったその先に、本当に魔晶岩はあって、私の足は、かちりと、しっかりと地面を踏みしめた。
「やった」
「やったよね?」
応えを求めない問いが地面にぶつかり跳ね返ってくる。そしてこみ上げる。胸の内側から大きな大きな形のない何かが、喉もとを震わせながら押し寄せてくる。涙となって
代わりに
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
岩場に反響した叫びは、波を押しのけるのではないかとすら思えるほどにわんわんと響いた。
「何だよ、元気じゃないか」
振り返ると、カラスが
私は、ふんと胸を張って、カラスに笑みをみせてやった。
「どんなもんよ!」
「あぁ、さすがだよ」
「へへーん! 言ったでしょ、余裕だって。私にかかれば、このくらい何でも――
そこで、私は言葉を失った。異変に気づいたからだ。カラスの足。そこに、何かがからみついている。
「っ!?」
次の瞬間、カラスの身体は海の中に引きずり込まれる。いったい何が起こったのか理解できない。
しばらくして、私の疑問の応えは相手の方から現れる。海が急にせりあがったのだ。出てきたのは壁。壁としか言いようがない大きさの物体。
無数の触手をもつその巨大生物は、伝説級と言ってもいいくらいの魔物。出会ったらそれは死のときと言って過言でない、その魔物は。
「
到底、人の相手にできる生物とは思えない。私からしてみれば、
「カラス!?」
呼んでみたが応えが返ってこない。返ってくるとも思えない。けれども、死んだとも思えなかった。あのカラスが、死ぬなんて想像できない。
助けにいくか? でも、どうやって?
私が、一歩前に足を出そうとしたとき、
「動くな!」
声が返ってきた。
カラスが、海から跳び出てくる。大王烏賊の触手を斬って脱出したのだろう。しかし、逃げるには至らず、大王烏賊の上で格闘している。
「こいつは魔晶岩には手を出せない。奥にいれば襲ってこない!」
「でも、カラスが!」
「自分でなんとかする! そこで見ていろ!」
カラスはきっぱりと述べる。だが、それは明らかに強がりだ。なんとか生きのびているが動きに
死ぬ。
彼に比べればほんの少しであるが、先ほどまで死線をさまよった。だから、わかる。彼は死線から帰って来られない。向こう側に落ちてしまう。
だめだ。
何とかしないと。でも、私に何ができる?
混乱した思考の中で、これまでの道筋がフラッシュバックする。その中に何か突破する鍵がないかと。氷の道をひた走ってきた。その中で倒してきた敵の姿、振るった剣、氷の魔法、それから。
ふと、頭の中がクリアになる。
すべてのピースが収まるべきところに収まる。今まで欠けていた部分が、少女の姿をした火の化身と共に埋め込まれる。
ふつと掌の上に炎が現れる。
「火の精の
炎が周囲を駆け巡る。今までとは違う。ただ
ずっと不思議だった。
魔法だけはできなくても
きっと、最後の遊びだったからだ。もしも、魔法まで使えてしまったら、もう何もやることがなくなる。だから、できないものを残しておきたかった。
でも、今は違う。
できないことだらけだ。剣で勝てない相手がいる。一人では辿りつけない場所がある。想像を絶する魔法がある。
もう、出し
それにお手本も見せてもらったし。
私は、
彼女を真似して手をかざす。
そして、告げる。
「焼き払え」
炎がいっせいに駆ける。地を
表皮から
効いている!
このまま、倒してしまえるか? そんな楽観的な思考が現れたとき、火の中から小さな影が飛び出てくる。
「殺す気か!」
「あはは。生きているからいいでしょ」
カラスである。彼は、焦げた服をぱんぱんと払っていた。それにしても、火炎魔法の援助があったといっても、よく大王烏賊から無事に
「倒したかな?」
「このくらいでは死なんだろう。だが、
カラスの言葉通り、大王烏賊は逃げるようにして海の中にその巨体を
「終わったの?」
「あぁ、一応、安全なところまで来た」
「そっか」
私は、ふと身体の力が抜ける。気の緩みとは関係なく、魔力を使い切ったことによる反動。もう立っていられない。意識がすーっと消え入り、視界が傾いていく。
「あー、おもしろかった」
とんと、何かにぶつかって、地面ではなく、痛くもなかったので、安心してしまって、そのまま、私は深い深い無意識の底に沈んでいった。
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