第31話 氷上の疾走劇 その2なのです~手裏剣海星~

「はぁはぁはぁはぁ! あー! もう! 次から次へと!」



 私は、自分の疲れが想定を超えていることにあせっていた。そもそも魔晶岩まで距離はある。しかし、私ならばさほど問題にならない距離だ。この程度で、疲れたりはしない。


 しかし、氷の道は、単なる一本道ではない。右から左から正面から、さらに下から上からと高ランクの魔物が襲ってくる。


 次から次へと。


 文字通り、息つく暇もなく。


 そりゃ、息もあがる。


 船食百足を一体を倒したとき、どれだけうれしかったことか。今までの私だったらきっと負けていただろう。しかし、カラスとの訓練で格段に強くなっていた。その成果が見える形で表れてうれしかった。


 だが、そんな感慨かんがいもすぐ消えた。


 もういったい何体の船食百足の首をはね飛ばしたのか。もはや作業である。作業というには、危険すぎるのだけど。


 船食百足も生き物だ。皆、同じ動きをするわけではない。習性として尻尾しっぽぎ払おうとしてくるのだが、一度だけでなく何度も振ってくる奴や、他の船食百足と連携れんけいするように攻めてくる奴もいる。


 予想で動くと即死する。だが、見てからでは間に合わない。初動から正確に予測し、反応し、迎撃する。


 その繰り返し。


 

「一体一体にかまうな! 避けられる奴は無視しろ!」


「わかっているけど、後ろから来られたら嫌なんだもの!」


「船食百足よりも速く走れ! そうすれば後ろからの攻撃はない」


「そりゃそうだけど!」


「ただし、俺が避けられるかを考えろよ! 正直、魔法を使いながらだと思った以上に動けん!」


「わがまま! あんた、ほんとわがまま!」



 正面から突撃してきた船食百足の頭を避けつつ、すれ違いざまに胴の体節のつなぎ目を斬る。頭からつながっている体節を多く残すと、そこだけで普通に動くのでよくないが、まぁ、多少は大丈夫だろう。


 後ろで、カラスがぎゃあぎゃあ言っているが知らん。少しは自分でがんばってほしい。


 いや、船食百足はまだいい。本当に問題なのは、別の魔物だ。


 波が高く跳ねる。


 そこで私は、ハッと気づき、思わず足を止める。


 背後、右斜みぎななめ後ろからの気配。私は、直感で剣を振る。くうを斬った、その剣は、甲高い音を立てて何かをはじき落とした。


 

「また、こいつ!」



 氷の地面に落ちたのは、ヒトデである。ぴちぴちと跳ねるその姿に恐怖を感じない。しかし、私を悩ませているのはこの気持ちのわるい魔物だ。


 手裏剣海星シューティング・スターフィッシュ


 回転して飛来ひらいする手裏剣海星は、獲物に突き刺さる。刺さったら、その魔物に食らいつく。それからじわじわと食べていくというのだから意地のわるい魔物だ。


 けれども、それだけならばさほど問題ない。先ほどやったように、剣で叩き落とせないわけではないからだ。氷の地面にあげてしまえば、機動力はないため、そこまで怖くはない。


 一体だけならば。


 

「やぁぁぁぁぁぁぁあ!」



 私は声をあげながら、群れで飛来する手裏剣海星を叩き落とすために、剣を振りまくっていた。


 あまりに性質たちがわるい。


 高速に飛来する手裏剣海星。まとが小さいくせに一体一体が致命傷になりかねない殺傷力を持つ。しかも、群れで襲ってくるというやばさ。


 正直、言って、いちばん怖い。



「こら! 足を止めるな!」


「無茶言わないで!」


「走りながら叩き落せばいいだろ!」


「だって後ろから来たんだもの!」


「後ろ向きで走りながら全部叩き落せ!」


「できるか!」



 カラスを守りながらというのが、また一段と難易度をあげている。私が戦いやすいようにカラスは位置取りを考えてくれているが、それでも、走りながら、戦いながら、守りながらというのは骨が折れる。


 いっそのこと置いていってしまおうかと思ったりもするが、それでは氷の道がなくなる。


 くっそ、めんどくさいな。



「手裏剣海星は空中で方向転換はしない。射線しゃせんが読めたらできるだけ避けろ!」


「速いんだもの!」


「だが、俺が射線にいたら全力で守れ!」


次来つぎきたら、あんたをかべにしてやる!」



 とは言うものの、カラスが射線にいたことはない。おそらく私よりも予測判断が早いのだろう。私が避けるときには既にいない。


 剣術について、相当のレベルアップをした自負じふはある。しかし、決定的に足りていないものがある。経験だ。


 初見の場所、初見の魔物、初見の攻撃。そして、初めての実戦、命のやりとり。その間合い、呼吸をはかるのに、私は時間を要する。


 タイムラグ。


 殺し合いの場において、そのタイムラグが重くのしかかる。少しずつ私が間に合わなくなる。取り返そうと私が加速魔法をかけ続ける。すると、瞬発力がなくなり、威力が落ちる。


 今はまだ大丈夫だが、いずれ歯車が合わなくなる。それが、魔晶岩に辿り着いてからならばいいが、その前だったら。


 ぞっとする。


 

「悩むな! 悩んでいるひまがあったら走れ!」


「走っているわよ!」


「もっと走れ! 後のことなど考えるな! おまえの体力と剣術の腕は俺が知っている。それで辿り着けると俺が判断したんだ! だから悩む必要はない!」


「!?」



 私は、驚きと高揚感で身体が熱くなるのを感じた。そんなことを言われると思っていなかった。まさか、実力を認めてくれているなんて。


 一気に頭がクリアになる。


 足があがる。腕が振れる。視界が広がる。


 

「へん! 当たり前なのよ!」


「ただ、俺は想像以上に疲労している。もしも、最後までたなかったらおぶってくれ!」


「捨ててくわ!」



 台無しの台詞せりふ一蹴いっしゅうして、私は走る。調子はよくなった。後は走るだけだ。と、意気込んだとき、カラスの注意喚起ちゅういかんきが聞こえてきた。



「来るぞ! 上だ!」



 彼の声と同時に、空が火炎かえんつつまれた。

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