第30話 氷上の疾走劇 その1なのです~チュートリアル~

「いいか。気を付けるのは三種の魔物、船食百足ジャイアント・センチピード手裏剣海星シューティング・スターフィッシュ、それから、火吹き大鷲ファイア・イーグルだ。こいつらは普通に強いし、人間のことをえさだと思っているからガンガン襲ってくる」


「わかったわよ」


「あと、大王烏賊クラーケンが出てきたらすぐに戻ってこい。その場合は運がなかったと思ってあきらめよう」


「四種じゃないのよ」



 まったく、テキトーなんだから。


 私は、足や腕のストレッチをしながら、カラスの魔物解説を聞いた。やけに詳しいので、嘘はついていないのだろうが、名立たるやばい魔物のオンパレードである。


 

「大王烏賊っておとぎ話でしか聞いたことないのだけど、本当にいるの? もしもあんただったら倒せる?」


「いや、俺でも引き返す。魔晶岩には何度か挑戦しているんだが、大王烏賊に会ったときは本気で死にかけた。何しろ物理攻撃がいっさい効かない。そもそもでかいから斬りきれない上に、凄まじい再生能力で斬ったはしから元に戻る。魔法は多少効くが、ちょっとやそっとの魔法では焼け石に水だし、大魔法を放つすきなんて与えてくれない。最終的に触手につかまれてデッドエンドだ」


「ふん。じゃ、大王烏賊を倒したら、あんたよりも私が上ってことね」


「チャレンジしても俺は援護えんごしないぞ。なんせ、俺は魔女じゃないからな。氷の魔法で精いっぱいだ」


「何をえらそうになさけないこと言ってんのよ」


「ちなみに、細くて固い道と、広いがもろい道とどっちがいい?」


「広くて固い道でお願い」


「努力はしよう」



 私が深呼吸をすると、カラスが息を合わせて魔法の詠唱を始める。タイミングが合っていることが心地よくもあり、気持ちわるくもある。


 魔晶岩への最短ルート。とはいっても先は長く、ここからだと対岸がよく見えない。まだ道もなく、視界を染めるのは荒れた海。満月の今日は、波がやけに白く見えた。


 地面を足裏で叩く。


 魔力を練り上げる。


 加速魔法と強化魔法の確認。


 剣を両手でにぎる。


 腰には予備の短剣が二本。


 準備は万全。


 気分もいい。


 心臓が鳴る。


 何だろう。冒険への期待に胸がおどる。こんなに期待してもいいのかと不安になるくらい。


 しかし、本当に氷の道なんてできるのだろうか。もしもほら吹きだったら失笑ものだが。


 私が疑いをいだきかけたとき、大気が凄まじい勢いで冷え込んだ。


 

「すごい……!」



 カラスの周囲に現れる魔法痕。そして、線を引くように暗い海の上に現れる氷の道。波をそのまま押し固めてあり、荒い造りとなっているが、それは確かに道であった。



「さぁ行くぞ! ぐずぐずしていると道が消える」


「命令しないで!」



 言いつつ、私は駆け出していた。


 この道を走りたいと強く思ったからだ。私だけのために現れたうたかたの道。海の終わりまで続いていきそうな道の先をのぞいてみたくなった。


 カラスがぴったりと後ろをついてくる。走れば、前に氷の道ができる。このままどこまでも行けそうだ。


 足場は想定していたよりもしっかりしている。波のせいででこぼこしており走りづらいが、この程度ならば、問題ない。カラスはおどかしていたが、すんなり辿り着いてしまうのではないか。


 いや。


 

「来た!」



 そうは問屋とんやおろさない。


 カラスの声よりも早く私は気づく。視線の端から、飛び出てきたかげ。氷の道に身体を乗り上げてきたのは、長い胴体。


 船食百足。


 うねって身体は、氷をけずり、い寄ってくる。


 かわして進むには、位置がわるい。私は剣を構え、対峙たいじする。船食百足は、まず、尻尾しっぽで私に打撃をはかる。いや、あれが尻尾なのかよくわからないが。カラスの話ではパターンらしい。尻尾で払って獲物えものを海に落とし、海中で捕食ほしょくする。身体は固いからおおわれており、まともに当てると剣が割れる。


 では、どうするか。



「気色わるい!」



 私は、船食百足の体節のつなぎ目に刃をめり込ませ、そのまま切り込んだ。殻の隙間をねらうという器用な作業。これをするだけだ、簡単だろ、と言ったのはカラスである。簡単なわけがないだろうと文句を言ってやりたかったが、あきれられるのもしゃくだったので、当然でしょ、と鼻で笑ってやった。


 見えなくはない。


 船食百足の動きに合わせれば体節のつなぎ目は追える。何よりカラスの剣撃よりも遅いのだから、私に対応できないわけがない。


 船職百足は、きたなうめき声をあげた。そのまま、狂ったように私に突進してくる。あごが異様に発達されており、ひっかけられたら、骨ごと持っていかれそうだ。


 私は小さく躱して、下から上にかけて剣を振るう。



「死ね!」



 首が跳ぶ。


 ぼとりと海に落ちる音が遠くで聞こえた。他の何かの音かもしれない。それを確認する必要はない。



「よし!」



 私が手応えを感じているとカラスが後ろで声をあげた。



「一匹に時間をかけ過ぎだ。殺す必要もない無力化したらさっさと前に進め!」


「む! わかっているわよ!」



 それはそうなのだけど、もう少し褒めるとか何かあるだろう。なんせ、こっちは船をいっせきつぶすと言われる大百足を倒したのだ。これだけで、英雄と呼ばれてもいいくらいなのに。


 しかし、そんな考えがあまいということに、この後、私は気づくことになる。道は長く、まだ足をかけたばかりなのだ。そのことを私はすっかり忘れていた。



「え? マジ?」



 続いて、船食百足が二体現れたのだ。

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