第21話 式典の段取りは事前に教えておいてください

「やぁ、アリス。式典しきてんに参加するなんてめずらしいね」


「別に。ひまだったから」



 うれしそうに笑みをこぼすロビンに対して、私は、そっぽを向きつつ応えた。


 

「ははは、相変あいかわらず素直じゃないな」


「もう、兄様、うるさい」



 式典といっても参列者は少ない。父様は参加しないし。いるのは、ロビンと太鼓持ちの貴族。それから、おもしろがってやってきた騎士連中。


 彼らは、私がやってきたことに驚いていた。まぁ、私は世界一の美人だし、その目でおがめるだけでもありがたいのはわかるけれど、少し騒ぎ過ぎだ。



「ほら、みんな驚いているよ。そりゃそうだよね。式典となると、お腹が痛いだとか、眠いとか、占いで凶が出たとかでまったく出て来ないのだもの。一部では、第二王女は架空かくうの存在だとうわさされていたからね」


「そいつらの名前教えてちょうだい。粛清しゅくせいしてやるから」


「今日は、みんな、黄金の果実を見に来たのだと思うけど、珍しさで言ったら、アリスも同じくらいだから」


「え? そんな扱いなの? ひどくない?」



 ロビンは大げさに言うことがたまにあるけれど、周囲の反応を見る限り、あながち嘘でもなさそうである。ちょっとサボり過ぎたか。今後、もう少し気を付けよう。


 はぁ、やっぱり来るんじゃなかったかな。


 退屈だったから、ちょっと暇つぶしに式典に出てみただけなのに、こんな好奇の視線を向けられるなんて。


 考えていると余計にむかついてくるので、私は、ドンと席について足を組み、目を閉じた。こうやって始まるまで待とう。というより、何で私が来てすぐに始まらないの? 私を待たせるなんて、どうかしているわ。



「お、主役のご登場だ」



 ロビンの声で、私は目を覚ます。見れば、あの冒険者が扉の所に現れていた。近くで見れば、本当に真っ黒な髪色をしている。こんなに黒い髪の者は、アドベント王国では珍しい。私は、自分の金髪を気に入っているけれど、黒髪に憧れる女の子は多いと聞く。


 進行役が、冒険者に早くしろとかしている。どうやら、あの冒険者が遅れていたらしい。まったく、これだら身分の低い奴は嫌いなのだ。


 

「では、まず、冒険者の、えっと、おい、おまえ、名前は?」


「カラスだ」


「はぁ? 何だ、その名前? ちっ、もう、それでいい。冒険者カラス。オンバの森より持ち帰った黄金の果実を、ロビン殿下に献上けんじょうせよ」


「まったく。一度渡したものを何で返してきて、また渡さなくちゃならないんだ? 意味がわからん」


「いいから! 式典ってそういうもんだから! 俺が怒られるからちゃんとやって!」



 ため息をつきつつ、カラスと名乗った冒険者は、ロビンの前まで歩いていき、黄金の果実を差し出した。前といっても、段差の前。そこからは、付き人が受け取り、ロビンへと中継する。


 

「ご苦労であった、冒険者カラス。黄金の果実、確かに受け取った」



 先ほどのカラスのぼやきから推測するに、おそらくロビンは、黄金の果実を既に見ているのだろう。あまり、驚いていない。私は、ロビンの手元の黄金の果実を、横からのぞき込んだ。


 確かに金色だ。形はリンゴっぽいだろうか。想像していたよりも小さく、なんとなく造り物のような印象を受ける。その辺の果物に金色の塗料とりょうっただけなんじゃないだろうか。


 私がいぶかしんでいると、ロビンは、黄金の果実をこちらに渡してくれた。


 手元にきた黄金の果実は重かった。ずしりとした感触がかもしている。一方で、においはほのかに酸味が混じっており、確かに果物っぽい。だからといって、この金ぴかに光る物体に食欲はかないが。



「功績をたたえて、褒美ほうびをやろう。金でも名誉でも、欲しいものを言うがよい」


「名誉はいらないので、金をください」



 カラスの無礼ぶれいな言葉に、会場はぴりついた。だが、ロビンだけは、ぷふっと笑っていた。この男の笑いのツボはよくわからない。少なくとも、私はイラっとした。確かに偉業をなしたかもしれないが、王族への非礼が許されるわけじゃない。



「ちょっと待ちなさい」



 私は、ロビンを制して立ち上がった。



「気に入らないわ。その態度」


「ちょっと、アリス」


「兄様は黙っていて。どんな功績だろうと、王族への敬意にける者を私は許しません」



 私を前にして、ロビン以外の者は直立の姿勢をとった。王族の私が不快をあらわにしたのだ。当たり前である。しかし、当のカラスは、そうではなく、不遜ふそんにも不機嫌そうにまゆをひそめていた。



「ロビン殿下。その小生意気なガキは誰ですか? 俺はガキの遊びに付き合うつもりはありませんが」


「誰がガキですか! 私は第二王女、アリス・キャロル・アドベントです! わかったら頭を地にこすりつけなさい!」


「知らん」


「はぁ!?」



 あはは、とロビンは笑っているが、笑いごとではない。この第二王女アリス様に対して、何て言い草だ! というか、ほんと、このバカ兄は何でのんき気に笑っているんだ。もっと怒ってよ!



「斬首です!」


「アリス、落ち着いて」


「落ち着いてます! 冷静に考えて、王族への侮辱ぶしょくは死刑にあたいします!」


「まぁまぁ、穏便おんびんにね。祝いの席だから」


「くっ!」



 確かに、呼ばれてもいないのに勝手に参加しておいて、式の主賓しゅひんを斬首したのでは、横暴が過ぎる。だからといって、カラスの非行を許すことはできない。



「ならば、決闘です!」


「なぜそうなる?」


「うるさい! 決闘すると言ったら決闘するんです!」



 私が目配せをすると、メイドのチシャは、スカートの下から剣を取り出し、私の方へとひょいと投げた。



「あなたが勝ったら褒美を与えましょう。私が勝ったら死刑です!」



 受け取ると、私は、剣を引き抜き、さやを捨てる。そして、剣先をカラスに向けた。



「つまり、あなたは確実に死刑ということです!」

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