魔性の湯

第20話 退屈は人を殺すと言いますが

 私は、彼を何度か王宮おうきゅうで見たことがあった。


 小汚こぎたないおっさん。人は身なりから作られるとお父様が言っていた。私もその通りだと思っているし、その観点から見れば、彼は、王宮に立ち入れるような男ではなかった。



「冒険者?」



 窓の外を見やる私のといに答えたメイドのチシャの説明を、ついそのまま繰り返す。


 聞いたことがある。誰も立ち入れないような魔物ひしめく秘境や罠満載わなまんさいの遺跡に自ら足を踏み入れ、貴重な資源や財宝を求める命知らずな連中。


 そう聞けば、勇敢ゆうかんにも聞こえるが、実際のところは一攫千金いっかくせんきんを夢見る


 九割九分、王宮と関わりがない奴らである。


 そんな奴が、なぜ王宮にいるのか?



「何でも、オンバの森の奥にあるを取ってきたようです」


「へぇ」



 オンバの森といえば、アドベント国の南の方にある、である。その最奥さいおうには黄金の果実がみのるという伝説は有名だ。しかし、オンバの森には強力な魔獣が多く生息せいそくしており、未だに手にした者はいないと聞いていたが。


 ほんの一握ひとにぎり、冒険者でも王宮に面通めんどおる奴らがいる。たとえば、伝説級のお宝を手にしてきた優秀な冒険者だ。彼がその優秀な冒険者ということか。


 けれども、そんなふうには見えないけれど。



「その褒美ほうびをロビン殿下が直々じきじきにお渡しなさるとのことです」


「お兄様が?」



 物好きだな。


 ロビン第一王子は、次代の王として、文武ともに優秀な男だが、ごろつきと遊ぶわるい癖があった。王としての品格がそこなわれるということで、メイド長から注意されているがやめやしない。


 あれも、その一人というわけだ。



「ねぇ、チシャ。あいつ、私より強いのかな」


「私に武術の心得こころえはありません。しかし、王宮内でアリス殿下にかなう者はおりません。とすれば、にアリス殿下よりも強い方はいないと考えるのが自然かと」


「そうよね」



 結局のところ、あの冒険者も、そこそこ強いという程度の話。ロビンの遊びの範疇はんちゅうを出ない。



「ねぇ、チシャ。何かおもしろいことはないの?」


「今日はバイオリンのお稽古けいこがございます。それから、ラスキン様との食事会がございます」


「ラスキンか。私、嫌いなのよね」


「ラスキン様は、背も高く、雄々しく、武術も堪能たんのうです。社交界では人気者と聞いておりますが?」


「なんかくさいのよね。あと私より弱いし。そのでかい身体はかざりかっての。私、口ばっかりの男って嫌い」


「アリス殿下より強いお方となると、この世には存在しませんから、あの世から探すことになってしまいます」


「あはは、おもしろいこと言うわね、チシャ。そうね、歴代の英雄と手合わせしてみたいわ」


「手合わせではなく、お見合いの話をしているのですが」


「冗談よ。まったく、お母様みたいに、お見合いお見合い言わないでよ。もう耳タコなんだから」


「ご心配されているんですよ」


「はぁ、そもそも結婚っておもしろいの?」


「さぁ、私はしておりませんので」


「無責任ね」


「申し訳ございません」



 あやまりつつもチシャがまだくどくどと言っているのを聞き流しつつ、私は窓の外を眺めていた。そこには、あの冒険者がいる。珍しい黒髪の男。彼は、騎士団長と何やら親しげに話していた。


 きっちりとした制服を着こんだ騎士団長と並ぶと、冒険者のみすぼらしさが余計に目につく。それはそれで、少しおもしろいけれど。


 はぁ。



「退屈ね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る