第18話 魔女の言葉を真に受けてはいけません(僕は不在です)

 深夜、カラスは再び温泉に入っていた。


 サイラスとエミリーは寝室で既に寝ている。寝室といっても簡易的なもので、寝心地ねごこちがいいわけではないが、野宿よりはよほどにいい。


 彼らも疲れているだろうから、ぐっすりだろう。誰かと共に温泉の良さを分かち合うのもいいが、こうやって静かに湯を楽しむのもまたいい。


 魔鉱石が、魔力に当てられてほのかに明かりをともしている。月が出ていればもっと明るいだろうが、あいにく英雄の湯で月を眺めたことはない。



「相変わらずさくの日か。風情ふぜいがないのぉ」


「その身体で遊ぶなよ。ガキが怒るぞ。破滅の魔女ルーイン・ウィッチ



 そこに立っていたのは、ローブを着た少女であった。彼女は、ゴーレムではなく人間。それも知った顔で、つまるところ、サイラスの連れ、エミリーである。


 ただ、そこにいるのは。身体はエミリー、しかし中身は別。


 破滅の魔女。


 気配で察したカラスがこたえると、にんまりと大きな笑みを口元に広げて、ぬひひと笑った。



「朔の日がもっともゴーレムの力が弱まる。だからって、毎度毎度では飽きるじゃろ。たまには満月の日を選んで来たらどうじゃ?」


「黙れよ。自分で来るのは面倒だからって、いつも俺に弟子を運ばせてる分際ぶんんざいで」


「よいではないか。ついでじゃし。それに今回はおもしろかったじゃろ。なんせ、をつけたからな」


「さんざんだよ。次からは別料金もらうからな」



 破滅の魔女はさらりとローブを脱いで裸になり、特にどこを隠す様子もなく、仁王立ちで風呂の縁に立った。



「嫁入り前の身体でやめてやれよ」


「よいよい。弟子の身体はわしのものじゃ。なんなら使ってもよいぞ」


「下品な奴め。だから嫌いなんだ」


「ぬひひひ。初心うぶな奴よのぉ。肉欲など酒の一献いっこんくらいに思うておけばよい。まったく、四半世紀そこそこしか生きておらん小僧は、むずがゆいことを言う」


「二世紀生きている奴から見れば、たいがい小僧だろうよ」


「年寄りのように言うでない。わしは魔女の中では若い方じゃ」



 魔女界の平均年齢高すぎるな。


 よっこらしょ、と破滅の魔女は温泉に浸かる。人の身体を使っても、温泉は気持ちいのだろうかとカラスは首を傾げたが、十分に堪能たんのうしている様子を見れば、きっとイエスなのだろう。



「それで、うちの弟子と卵はどうじゃった?」


「弟子の方はおまえに似て性悪、卵の方はやっとひよこってとこかな」


「ぬひひひ。おぬしにしてはよい評価ではないか」


「どうするんだ、あのガキ? 本当に勇者に仕立て上げるつもりか?」


「仕立て上げるとは人聞きがわるい。わしはただお膳立ぜんだてをしてやっているだけじゃ」


「何が違うんだ?」



 ぐっと空に手を伸ばしてから、破滅の魔女は、足でぱしゃぱしゃと水面を蹴っていた。



「久しぶりにいい素材をみつけたのじゃ。いいかんじに育ってディラン坊やみたいにならんかのぉ。そしたら、また、世界が大混乱しておもしろくなるのに」



 破滅の魔女。英雄ディランを仕立て上げた張本人。彼女のせいで、人間と魔物を合わせて、いったいどれだけの数が死んだのか。


 魔王よりも、まずこの魔女を討伐した方が世のためになるのではないだろうか。いや、間違いなくなるだろう。



「まったく、ばばあ道楽どうらくに付き合わされる人類の身にもなってほしいね」


「何を言うか。いったい誰がこの秘湯を教えてやったか忘れたのか?」


「それは感謝している。出会えてよかった」


「おぬし、温泉のこととなると本当に素直じゃな」



 あきれたもの言いの破滅の魔女は、はぁ、と息を吐いてカラスの方を見遣る。



「というわけで、ものは相談なのじゃが、このまま弟子と卵の指南役をしてくれんかの。おぬし、ぶっきらぼうじゃが、意外と面倒見がいいから、うってつけなんじゃが」


「断る」


「じゃよねー。わかってた」


「俺は忙しい」


「どうせ温泉巡りをするだけのくせに。この温泉狂おんせんきょうめ」


「それが俺のライフワークだからな」


「かっこよく言ってんじゃないわい」



 破滅の魔女は、ざばっと勢いよく立ち上がり、ひょいと温泉から出る。



「あーあ。せっかく、おぬしもこの遊びに参加させてやろうと思うておったのに。最高におもしろいことになっても、特等席を用意してはやらんぞ」


「いらん。俺の特等席は常に温泉の中にある」


「なんじゃ、その名言っぽいやつ。むかつくな」



 というか、と破滅の魔女は、ロックメイドに身体を拭かせつつ、カラスの方をちらりと見て呟いた。



「おぬし、長風呂過ぎじゃろ。ふやけるぞい」

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