第11話 ロックロックちゃん攻略戦その1なのです

「だから、遅いと言っているだろ! あれじゃ、俺の陽動ようどうの意味がなくなる!」


「そんなこと言っても、態勢がわるいんだから仕方ないだろ!」


「態勢を崩されているおまえがわるい」


「無茶言わないでよ。あのハンマーをかわした直後だよ。君はいいよ、自分のタイミングでしかけられるんだから」


「あのタイミングじゃないとロックロックのすきが生まれない。次にハンマーが来るとわかっているんだから、ちゃんと受け身をとれ」


「わかっていてもギリギリなんだもんな」



 頭をかく僕を見て、ぷいとカラスはそっぽを向いて木陰こかげの方へと歩いて行った。ここで少し休憩ということらしい。


 僕は、その場に座り込む。同じように、エミリーも座り込んで、ごくごくと水を飲んでいた。


 もう何度目だろう。


 僕達は、カラスの指示のもと、ロックロック攻略をこころみていた。彼女を倒す方法は一つ。一連の攻撃の中で、関節を攻撃し続け、破壊すること。


 戦闘回数は、優に百回を超えている。何日目かと問われれば七日目。これだけ戦ってもまだ倒せないのだから、ロックロックがいかに常識外れの強さなのかがわかる。


 順調とは言い難いが、関節へのヒット回数は格段に伸びている。このまま続ければいつか勝てるかもしれない。しかし、タイムリミットはすぐそこだ。七日経つとロックロックの攻撃パターンがリセットされる。すると、また一からやり直し。カラスの苛立いらだちはそこからきているのだろう。


 確かに、もう一回最初からは、体力的にも精神的のも厳しい。


 僕がしっかりしないと。


 一緒に戦ってみて、僕はカラスの強さを再認識していた。再認識して、その圧倒的な強さに驚嘆きょうたんせざるを得なかった。


 ロックロックが強いのは当然だ。ゴーレム。人智を超えた怪物。一方で、カラスはただの人間だ。


 それなのに、僕から見ればロックロックと同じくらいの化物に思える。


 共同で戦うためには、カラスの動きについていかなくてはならない。が、どうしても遅れる。


 

「こんな世界があるだなんて」



 まだ17歳。とはいっても、今までいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたつもりだった。だが、この数日を経て、それらが遊びであったかのようにすら思えてくる。


 

「おい、休憩は終わりだ。もう時間がない。いくぞ」


「うん」



 正直言って戦力になっているのか怪しい。むしろ足手まといかもしれない。しかし、カラスにはわるいが、僕は確かな手応てごたえを感じていた。


 強くなっている。


 死の間際まぎわで絶望的な強さの怪物と対峙たいじして、カラスの超人的な技を間近で見て、僕は、明らかに成長している。


 ありがたい。


 僕は剣をたずさえ、石畳に足をかける。エミリーに目配めくばせをして、援助魔法を受け取る。目の前のロックロックには何の変化もない。同じ場所で、同じ無表情で、同じ姿勢をたもっている。横にはカラス。二本の剣をころころと手の中で転がし、首を鳴らしつつ、前に進む。



「もう一週間経つ。いつ、パターンが変わってもおかしくない。次で決めるぞ」


「わかっているよ。僕も、そろそろ君の小言を聞くのは飽きたからね」



 はん、と笑って、カラスは定位置に向かう。最初の位置は決まっている。初撃の最適位置。まるで今から舞台で劇でも演じるかのようだ。


 石畳の上で、3人が足を止める。息が止まるかのような緊張感が満ちる。しかし、何だろう。もう何度も繰り返したからだろうか。息が深く吸える。


 足を止めた時間はおそらく一瞬。


 カラスの呼吸に合わせる。


 そして、開戦の合図となる一歩を、僕達は踏み出した。


 

 キン!


 

 いきなりのカラスの剣撃。目にも止まらぬ速さで繰り出される剣戟に、ロックロックはいとも容易く対応する。


 カラスが一歩引く。ロックロックが前に出る。


 そこで、僕は駆ける。


 彼女が攻撃に転じたところでの攻撃。定石といっていい動きはしっかりと決まり、彼女の肩を打撃する。


 打撃だ。


 鈍い音と共に、剣が跳ね返る。その反動を利用して、くるりと反転し、再度、攻撃。しかし、これはロックロックに防がれる。


 めげずに連撃。だが、ロックロックは動じない。少し崩せた態勢は徐々じょじょに整えられていく。次第に劣勢。こちらの動きがにぶったとき。


 ハンマーが来る。


 こんな大振り、脅威ではないと思っていたが、ロックロックは確実に当たるタイミングでハンマーを振るう。


 僕は後ろに跳ね跳び、ハンマーの威力を極限まで減らす。それでも腕がしびれるのだが。


 息つく暇はない。ロックロックが一瞬で間合いを詰めてくるからだ。


 しかし、僕は慌てない。この動きは既に知っている。じたばたしなくとも。



 ガガガガガン!!



 側面にカラス。


 凄まじい手数の剣撃がロックロックを襲う。たった少しの隙にいったい何撃加えたのだ?


 さすがにロックロックが態勢を崩す。彼女は壊れないというだけで、動じないわけでないのだ。


 耐えかねてロックロックが距離を置く。そこで、カラスが追撃をかける。

 

 これを何度も繰り返す。


 一方が攻撃をしかけ、もう一方が待機。これはハンマー対策。そして、劣勢になったときに、もう一方がしかけ、態勢を崩し、ポジションを交代する。


 この方法で途切れることのない連撃を叩きこむ。


 どちらかがとどこおると、もう一方がロックロックの攻撃に耐えられない。


 ついていく。


 僕は、ただひたすらに、足を動かし、剣を振るい、そして、カラスとロックロックの動きに注視した。


 ありがたい。


 この超人的な戦いに、踏み込めていることが、僕は一種の高揚感を得ていた。


 追える、追える、追える!


 強くなった。


 それは間違いない。


 だけど。



「強すぎるな」



 神殿の番人、ロックロック。


 何度攻撃しても壊れず、何度態勢を崩しても立て直し、僕達二人を常に死のふちに立たせる。


 あまりに強く、あまりに硬い。


 僕達の攻撃は効いているのか? もしかしたら全然無駄なんじゃないか? 一生かかっても倒せないんじゃないか?


 そんな不安が頭をよぎる。だが、すぐに振り払う。この不安が剣を鈍らせる。彼らの死闘に混ざるためには無心。ただ動き、ただ剣を振る。


 いったいどれだけの時間が過ぎたのだろうか。


 既に、先ほどのチャレンジで到達した一連動作を終えている。今は即興アドリブ。僕は知らない動きに、直感で反応する。


 いつまででも戦えるのではないか。


 そう錯覚を覚えそうだったが、肉体の限界は近かった。


 息があがり、筋肉が悲鳴をあげる。魔法の補助がなければ、既に倒れていることだろう。それでも、このままずっと続けられる状態じゃない。


 くそっ!


 やっと、追いつけたと思ったのに!


 まだ足りないのか、と僕が諦観の念にかられたとき、カラスの妙に明るい声が聞こえてきた。



「よく耐えたな。一本目だ」



 目の前でカラスが剣を振るう。剣はロックロックの肩に激突する。そして、跳ね返らず、そのまま剣は下へと落ちる。


 落ちる。通って過ぎて、通過する。


 剣が肩を粉々に砕いたのだ。


 永遠と思えた瞬間は、一瞬、ほんの一瞬で目の前に訪れた。ハンマーが腕と一緒に石畳に落ちる。


 これで、勝った?


 

「やったのか?」


「バカ! 気を抜くな!」



 カラスの声はいつ聞こえたのかわからない。ただ、気を抜いたのは事実だった。目の前に死をまねく番人がいるというのに。


 ロックロックは自分の腕が落ちたというのに気にするふうもなく、そのままナイフを繰り出してきた。


 僕は咄嗟とっさに剣で受ける。しかし、態勢がわるい。いつもならば、ここでハンマーが来る。しかし、そのハンマーはない。ならば大丈夫か?


 そんなあまい話はなかった。


 僕が足を踏んじまって立て直そうとしていたところ、腹部に激痛が走る。



「はしたなくて申し訳ありません」



 ロックロックの蹴りが炸裂したのだ。

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