おっさん冒険者と異世界秘湯巡り

最終章

英雄の湯

第1話 第一印象は大事です

 彼に初めて会ったとき、僕には、彼がただのおっさんにしか見えなかった。


 身なりは小汚こぎたなく、しがない冒険者である。よく言えば、道具が使い込まれているともいえるが、ぱっと見、覇気はきがない。


 背は高めで、さすがにきたえているような体つきではある。しかし、それは冒険者なのだから当たり前で、特別に目を見張みはるものではない。


 初対面で気になるところといえば、髪と目の色だろうか。すみりつぶしたような黒色。東の方にそういう民族もいると聞くが、このあたりではめずらしい。


 だから、目をかれはしたが、特筆とくひつすべきところと言ったら、そのくらいで、店のすみで色のにごった酒をちょびちょびと飲む、ただのおっさんであった。



「あの黒髪さんも冒険者だって言っていたよ。たまにこの町に来るんだ」



 あまりにじろじろ見ていたからだろうか、女店員が話を振ってきた。



「きっとお兄さん達と同じ目的だろうね。まったく、冒険者ってのはみんなバカばっかっていうか、だから、この町はうるおっているんだけどね」



 そう言われて、僕は思わず苦笑にがわらいを浮かべる。実際に、僕がこの英雄の町を訪れたのは、女店員の言うバカな冒険者達と同じ理由だし、きっと黒髪男もそうだろうからだ。


 英雄の町ディランズ。この町は、過去に魔王達を今の魔国の位置にまで押し込めた英雄ディランが産まれた町であり、死んだ町でもあった。それだけで、英雄をたたえようと訪れる者もいるが、冒険者の目的は、彼の残した遺品だ。


 聖剣クリスタルソード。


 英雄ディランが森の奥の神殿に封印したとされる伝説の武器だ。ディランは、ふさわしき者にゆずると言い残した。ともすれば、我こそはふさわしき者という冒険者がこぞって押し寄せても不思議ではない。


 だが、いまだに誰も聖剣を手にできてはいない。


 様々な試練があるのだ。挑戦した冒険者は枚挙まいきょいとまがなく、その大半は命を落とす。それでも、聖剣を欲して挑戦しようというのだから、バカと言っても差しつかえない。



「あたいのお祖母ちゃんの代から、この店をやっているらしいけど、まだ神殿に辿たどり着けたって話を聞いたことがないんだってさ。そもそも、あたいは、神殿なんてものがあるのかどうかも疑わしいと思っているね」


「そんなことないよ。英雄ディランが言ったのを息子が書き残しているんだから。神殿は絶対にある。まだ誰も辿り着けていないだけさ」


「そうかね。誰も辿り着けないんだったらないのと一緒だと思うけどね。まぁ、わるいことは言わないから、神殿攻略なんてやめときなよ。あんた、まだ若いんだから。一攫千金いっかくせんきんなんて夢見ないでまじめに働きな。あ、観光はしていくといいよ。ディランズ記念館には行ったかい?」


「勘違いしないでほしいな。僕はお金のために聖剣を手に入れたいわけじゃない。この世界を魔王の脅威きょういから救うために聖剣を手に入れるんだ!」


「おやおや、そっちかい」


「今、魔国が再び勢力を伸ばしている。魔王が力を取り戻しているんだ。このままじゃ、また魔王に人々が蹂躙じゅうりんされてしまう。その前に、僕が世界を救うんだ」


「ご立派だね。まぁ、職業柄しょくぎょうがら、あたいは、その手の講釈こうしゃくを百回以上は聞いているんだけど、神殿攻略から帰って来て、同じ講釈をれた奴をついぞ知らないね」


「僕は違うよ。絶対に聖剣を手に入れて、ディランみたいな英雄になるんだ」


「そうかい。何でもいいけど、生きて帰ってくるんだよ。生きてなけりゃ、英雄にはなれないし、この店で飯だって食えないし、あたいももうからない」


「うん。大丈夫。聖剣を持って帰ってきて、ここで見せてあげるから」


「若いねぇ。そういう根拠のない自信も嫌いじゃないけど、先人の話は聞いとくもんだ。さっきの黒髪さん、何度もこの町に来ているって言っただろ。それは、つまり、何度も神殿攻略から生きて帰ってきているってことだよ。そりゃ、お目当てのものは手に入れられなかったってことだけど、生きて帰ってくるだけでも大したもんだよ。一度話を聞いておいても損はないんじゃないの?」


「それもそうだな。ありがと。ちょっと話を聞いてみるよ」



 僕は女店員の提案を受けて、黒髪男のたくに向かった。神殿については、事前にいろいろ調べてきたつもりだが、実際に攻略しようとした人の話には興味がある。


 

「こんばんは。僕は、サイラス。あっちの店員さんから、君が何度も神殿攻略に挑戦しているって聞いたんだ。実は、僕も挑戦しようと思っている。だから、参考に君の話を聞かせてほしいんだけど、いいかな?」



 黒髪男の前の席に僕が座ると、彼は一瞥いちべつだけして、酒をかるくあおった。そして、卓をグラスで鳴らし、低い声で告げた。



「温泉は逃げない。だが、向こうからやってきてもくれない。温泉に入りたければ、こちらから向かうしない。一歩一歩進むんだ。そうすれば、温泉への道は開かれる」



 僕は、このとき彼が何を言っているのかわからなかった。いや、知っていたら、この後の展開が違っていたのかと言われれば、そうでもないかもしれないが、少なくとも僕は、このとき、素朴そぼくにこう思ったのだ。


 このおっさん、頭おかしい!

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