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 その日から、わたしはナオさんが迎えに来てくれるのを今か今かと、浮足立った気持ちで待った。ちゃんと地面を歩いているはずなのに、ふわふわと覚束ない、今にも飛んでいってしまいそうな危うい気持ち。


 特に今日は酷い。雲の上を歩いているような足取りで、一歩一歩足元を確認してから足を踏み出さないと、家の階段すら踏み外して転げ落ちてしまいそうだ。


 ゆっくりと気をつけながら階段を降りて、一階のリビングへと向かう。リビングには土曜日で仕事が休みのお母さんが長ソファにだらりと座っていた。興味があるのかないのかテレビのニュースを気怠げに眺めている。


 ダイニングキッチンへ向かい、冷蔵庫からアクリルポットに入ったお茶を取り出して、コップに注ぐ。喉が渇いている訳ではない。ただ、何故か無性に落ち着かなくて止まっていられないくて、こうやって意味のない行動を繰り返してしまう。


「あらー、危ないわねえ」


「何がー?」


 興味なさげで危ないなんて欠片も思っていなさそうなお母さんの声に、わたしはお茶を飲みながらテキトーに返事をする。


「良かったわね。街に行く予定がなくて。遅れちゃうところよ」


「だから、何がって……」


 要領の得ないお母さんの言葉に少し苛立ちながら、恐らくニュースの内容だろうとテレビの画面に目を移した。


 瞬間、何故かわたしの心臓は嫌に激しく鼓動した。


 テレビではきっちりとしたスーツを着た男性アナウンサーが、淀みない坦々とした口調でついさっき起こった電車での人身事故を報じていた。


 どこかの女性が電車の近づいてきている線路に飛び込んで、駅を通過しようとした急行列車に跳ねられて死んだらしい。電車への飛び込み事故なんて、毎日そこかしこであるような何の変哲もない、珍しくもないニュース。


 いつもなら、怖いね。無難な感想は口にするかもしれないけど、聞き流してしまうようなニュース。


 それなのに、最寄りの駅で若い女性が飛び込み自殺をしたというだけで、わたしはナオさんのことかもしれないと目が離せなくなった。


 被害者の詳細な情報は教えてくれない。被害者が彼女だなんて確証はどこにもない。彼女じゃない確率のほうがよっぽど高い。そう自分に言い聞かせるけど嫌な予感は止まらなくて、心臓の鼓動は収まらずに加速する。


 コップを雑にシンクに置いて、急いで階段を駆け上がり自室へと向かう。途中、足がもつれて転びそうになるのをなんとか耐えた。


 勉強机に置かれたスマートフォンを手に取り、メッセージアプリを起動してナオさんに連絡を取ろうとする。


 どうか、返事をしてくれますように。


 不吉なことを言わないでよ。なんて、笑い飛ばしてくれますように。

メッセージアプリを開くと、いつの間に届いていたのかナオさんからメッセージが届いていた。


 ああ、良かった。やっぱりあのニュースはナオさんじゃなかったんだ。当然だよね。死ぬ気配なんて、全然なかったし。


 安堵して、肩の力が抜けるのを感じながら、わたしはナオさんからのメッセージを開いた。

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