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 でも、大学に入った辺りからかな。なんだか違う、もっと志穂乃と深い関係になりたいって欲求が湧いてきたの。だから、私は志穂乃に恋人になってほしいって告白した。志穂乃は戸惑いながらもOKしてくれたの。嬉しかった。


 それからは彼女と一緒の部屋に住んで、大学の講義だったり、バイトのときは寂しかったけど我慢して。それ以外のプライベートの時間はずっと一緒に過ごしたんだ。どちらかといえば、私のほうが志穂乃にべったりだった。その時の私は嬉しくて楽しくて、もう幸せでいっぱいだったの。


 舞い上がりすぎて、彼女が見えていないくらいに。


 欲張ってしまった私は、恋人よりも、もっと先に進みたくなった。だから、昨日、志穂乃に結婚を申し込んだの。制度上はまだ難しいだろうから、形だけでもって。


 私の告白を聞いた彼女は、何度も言葉をつまらせながら、申し訳無さそうに言った。他に好きな男性が居る。やっぱり女性同士なんておかしい。ずっと友達で居たかったから言い出せなかった。って。


 始めこそ裏切られた。ずっと騙してたんだって怒りが湧いてきたよ。バイトだ講義だって私に嘘ついて、他の男と会ってたんだから。でも、泣きながら消えて無くなりそうに何度も謝っているあの子の姿を見ていると、責める気持ちなんて微塵も湧いてこなかった。裏切られて、捨てられてもなお、私の方は好きだって気持ちでいっぱいだったから。


 それにね、志穂乃が普通で、私がおかしいだけだって分かったから。


 女性同士で恋人なんて、自分の身勝手な好意を押し付けていたんだって気がついた。ううん。いくつも気がつけるタイミングは有ったはずなのに、全部見過ごしていた。いや、私は嫌なことを見ないふりをしていたんだよ。


 はらはらと涙を流しながら語るナオさんの顔を、わたしは目を離さず見つめていた。


 泣き崩れるナオさんはただただ哀れな女性で、学校の屋上で私が見惚れたような魅力はどこを探しても見つからなかった。わたしは年の差だとか、立場だとかを越えて、彼女は守らなければいけない存在だとすら思えてきた。まるで、不思議な魔法が解けてしまったみたいに。


 わたしは態とらしく一度咳払いをした。


「その人、ナオさんのことが好きなのは本当だと思いますよ」


「本当?」


 歳上の大人なはずの彼女から、母親に縋る子供のような瞳で見つめられて、わたしは優しく手を差し伸べて慰めたくなる。


「本当です。その人のことはよく知りませんが、わたしなら嫌な人となんて、ずっと仲良くしようとなんて思いませんし、ましてや好きでない人となんて一緒に住んだりなんてしません」


 この場合の「好き」が恋人としての好きなのか、友達としての好きなのか、わたしには判断しかねる。でも、友達程度の間柄の人間とずっと一つ屋根の下に住んで、寝食をともにする結婚生活の予行練習みたいなこと、わたしにはできない。


「でも……」


「ああ、もう……」


 気分が沈んで悪い言い訳ばかり吐こうとする彼女の言葉を止めたくて、わたしは人差し指で彼女の唇を塞いだ。彼女はキョトンとしてから、わたしの指先を見ようとしたのか両目をぐぐっと中央に寄せた。間抜けで変な顔。


「ナオさんはわからず屋ですね。大人なのに。あなたの婚約者の言葉なんですから、信じてください」


 呆れ気味に言うと、彼女は変な顔のままでこちらを見ようとして、余計に滑稽でふざけているような顔になった。

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