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 口では反発しながらも、私も同意見だった。興が削がれたといえば良いのか、階段を登っていた時に背中にのしかかっていた、死ななければいけないという気持ちはいつの間にかどこかに消えて無くなっていた。


 それに、彼女――結婚相手にも興味が湧いてきた。


 なら、今日のところは自殺中止。彼女のせい。


「ところで、どうしてナオさんは屋上に居たんですか? この学校の関係者じゃないですよね? それに、屋上のドアは鍵がかかっていたはずです」


「ここの屋上がこの辺で一番高いから」


 彼女からは愉快に歌うような声で答えになっているような、はぐらかされたような答えが返ってきた。


 わたしは「はあ」と生返事をする。


 わたしの通う中学校は少し山の上に建てられているので、この辺りでは一番高い建物になる。だからといって、深夜に不法侵入する理由にはならない。


「鍵はね……大人には色々あるのよ」


 ニヤリと笑ってから、彼女は懐から小さなヘアピンをちらつかせた。悪い大人だ。


 ふと、彼女のポケットからひらりと何かが落ちた。彼女に引き摺られながらも、なんとかそれを拾う。


 それは、彼女と女の人が楽しそうに笑顔で腕を組んだ写真だった。隣に立つのは彼女と同じくらいの歳の、地味だけど可愛らしい大人の女の人。友達だろうか?


「落ちましたよ」


 わたしが差し出すと、ナオさんは「ああ、それ」と何故か辛そうな顔で言った。


「私にはもう要らないんだけど、そうだ。あなたにあげようか」


 辛そうな表情は一瞬で、すぐにまたふざけた顔に戻った。


「いりませんっ」


 わたしはその写真を彼女に押し付けた。


 辛そうな顔をしたり、茶化したり。その掴みどころ無くコロコロと変わる表情に、わたしは心配をすれば良いのかどうか、困惑してしまう。

訝しげにわたしが見つめると、ナオさんはふっと笑った。


♯♯♯


「さてと、保葉ちゃんは何頼む?」


 ナオさんに尋ねられたけど、この空間の居心地の悪さに落ち着かないわたしは「えっと……その……」とボソボソと答えるしかできなかった。机の上に広げられたメニューからも目が滑ってしまい、テーブルの木目を追ってしまう。


 ――悪いことしよっか。


 そうイタズラに笑った彼女に、わたしはチェーン店の居酒屋へと連れてこられた。


 アルコールと色々な料理。特に揚げ物の匂いが混ざった店内。


 深夜だというのに活気のある雰囲気に、初めこそ大人の世界に踏み入れたんだとワクワクした。小さい頃にお母さんに隠れて夜ふかしをした時に似た気持ち。でも、そのワクワクもすぐにわたしが中学生だとバレたらどうしよう。学校や親に怒られるんだろうかという不安へと変わった。店員や他のお客さんの視線が、わたしが大人かどうか値踏みしているように感じる。


 他のお客さんの目の届きにくい、簾のような仕切りに遮られた半個室のテーブル席に案内してもらったけど、なんだか外から聞き耳をたてられているような気がして居心地が悪い。目を細めて、キョロキョロと簾の目の隙間から向こう側を窺ってしまう。


「私が決めていーいの?」


「……お願いします」


 嬉しそうに尋ねるナオさんとは対照的に、わたしはできる限り身を縮こまらせ、お通しの小松菜の胡麻和えを見つめながら、控えめに答えた。


 メニューを閉じて、ナオさんがテーブルに置かれた呼び出しボタンを押すと、すぐに店員の若い男の人がやってきた。


「カシスオレンジ二つと旨塩キャベツ一つ」


 ナオさんはなんだか果物のジュースみたいな名前の飲み物らしき商品名と、おつまみというやつなのか、キャベツを注文した。

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