第54話 開戦準備


 星宮十二師団ゾディアックの会議で改めて母上の第一師団長の就任と今後の作戦を話し合った。


 母上に関しては特に反対意見はなく寧ろインメルダの英雄と一緒に戦えることに喜ぶ者までいた。


 作戦としては僕達がスゥインスタ側に攻勢を仕掛けてる間に母上達はエンハイム側に気づかれないよう電撃戦にて王都を包囲し籠城させる。


 作戦の開始はスゥインスタ側への宣戦布告を合図とし、母上達には王都を包囲しつつ、出てくるであろうファーレン家の軍を牽制してもらう手筈だ。

 そのため目標を王都と悟らせないために母上指揮下の各師団はスゥインスタ側に進軍するように見せつつ秘密裏に王都に向かってもらうことにした。


 合わせてグラシャス家臣下の貴族に僕とナナの遣り取りの内容を伝え改めて諸侯の牽制に努めるように伝令を飛ばす。

 一番の懸念であるファーレン家の動向は定期的に密偵からの報告させ常に動きを監視させている。


 クラリスとエイミィは第七師団が保護したと報告を受けたので転移して迎えに行った。

 はじめは母上に預けようとも考えたが自国の者と戦うにはまだクラリスには早いと考え共に連れて行くことにした。


 スゥインスタ側に動きはなく今回エンハイム側の王室を動かした事で安心しきっているのかもしれない。





 そして全ての準備が整ったいま僕はスゥインスタ国境沿いに陣を敷きグラシャス家とし国境門に向けて正式に使者を立て送り出した。


 その返事がいま返ってきた。

 第四師団の師団長、ギルティス・クラークが。


「メビウス坊じゃなくて今は閣下か、宣戦布告を通達してきたぞ。怒ってこちらに攻撃してきたから適当にあしらっておいたから安心しろ、ガッハッハ」


 その体躯に相応しい豪快な笑い声を上げる。


「ああ、想定通りだお前なら無事に戻ってくることもな」

 

「へっ、あたぼうよ。鉄壁のギルティスがそこいらの兵士ごときに傷つけられるかよ」


 キルディスの言葉通り彼は防御魔法に特化しているので戦術級の魔法でも用いなければ傷つけることは不可能だ。

 これ程の防御魔法の使い手をエンハイムの魔法師団は辺境出身という色眼鏡と攻撃魔法が使えないからと言う理由で任官しなかった。

 そんな彼と知り合った切っ掛けはクラリスが誘拐された事件の時。彼のおかげでクラリスを守る切る事が出来た言わば僕とクラリスの恩人でもある。

 感謝と共に彼の力を買った僕は護衛として母上に推挙した。

 その後僕の直属部隊から星宮十二師団の第四師団キャンサーの師団長になってもらった。

 

「兄様ギルティスが戻られたそうですね」


 僕の陣幕にクラリスが入って来る。彼女もギルティスには幼少期から護衛として世話になった恐らく心配して見に来たのだろう。


「おう、お嬢。見ての通り俺は元気だぜ安心しな」


「キルディスの事ですから大丈夫だとは思ってましたが無事な顔を見て安心しました」


 本来は僕が一人で向かうつもりだったが流石に止められ、代わりに名乗り出たのがギルティスだ。

 宣戦布告と共に攻撃される可能性が高かったので下手なものでは死地に行かせるのと同義であったため、限りなく生還率の高いギルティスに任せ見事に生還した。


「ガッハッハ、心配してくれてありがとな。それじゃあ俺は部下たちにも顔を見せてくるぜ、彼奴等も以外と心配性だからな」


 そう言ってギルティスは天幕から出ていくと僕とクラリスが残る形になる。


「珍しくアリア姉様はいらっしゃらないのですね」


 クラリスは周囲を見回し僕の足元で伏せている銀狼を見て何故か苦々しい顔を見せる。


「アリアは進軍に備えてクロエたちと協議中だ」


「それで今は甕星ミカボシだけなのですね」


「ああ、龍の姿では嵩張るからな。今はこの姿を取らせている」


 甕星はとても従順で姫美華の記憶は無くしてる筈なのだがたまに僕にだけ甘えるような仕草を見せる。その度に他の者はいぶかしがるのだがラボで調べてもらった限りでは記憶は残っていないとの検査結果だった。


「まあ良いですが、その娘が兄様を守るのなら私に依存はありません。それより私にも名誉挽回の機会を下さい」


「名誉挽回はパルラキア地下遺跡郡攻略で果たしただろう見事だったじゃないか」


「兄様。知っているのですよ本当はとっくに兄様が管理者権限を取得していて私の為にお膳立てしていてくれたことを」


 僕的には上手くやったつもりだがどうやらバレていたらしい。


「分かった。その機会を設けるから今は待て機を見るのも将として必要なことだぞ無闇に敵陣に突撃するのは考えなしの愚将のすることだ」


「分かりました。ではアリア姉様達が戻るまでここで待たせて貰います」


「自分の天幕でゆっくりしてても良いのに」


「気持ち的に甕星と二人きりにさせたくありません!」


 そう言ってクラリスはアリア達が戻るまで先程いたキルディスの話などをして懐かしい話に花を咲かせた。




「クラリスなんでここに。ダーリンと二人っきりとはズルいのじゃ」


 アリアと共に戻ってきたナナが二人っきりの時だけと言う約束を忘れてダーリン呼びする。


「えっえっ、ダーリンって誰? 私は甕星と兄様を二人きりにさせたくなくて」


「なる程、確かに記憶が無いはずなのに甕星は油断できませんからね」


 アリアがクラリスに賛同する。


「御主人様はネコ派なはず犬は引っ込む!」


 ミィも最近やたらと甕星に対抗意識を燃やす。


「犬っころ相手に大袈裟なのよ、もっと堂々と構えてなさいな!」


 そう言ったマリの言葉がわかったかのように甕星が低く唸る。

 

「わわっ、メビウス、このワンちゃんは噛まないのじゃよな」


 唸り声に少し驚いてナナが後ずさる。


「甕星大人しくしろ、あと皆も少し落ち着け」


 叱られて甕星が項垂れるようにシュンとする。

 ナナ達も騒ぎすぎたと反省しそれぞれ慣れた感じで席を自前で用意し腰掛ける。


 直ぐにアリアがお茶の準備を始めると、それぞれにお茶を出していく。

 戦場にいるとは思えない紅茶の良い香りが気持ちを落ちうつかせる。


「それで第三師団との協議は」


「はいメヴィ様。まずはクロエが挑発も兼ねて相手の指揮官に一騎打ちを申し出ます」


「相手が受ければまずクロエが負けることはないでしょうから相手の戦意を挫けます」


「もし、断れば私が戦術級のでかい魔法を一発ブチかますわ」


 マリの魔法に怖気づいて遁走してくれればこちらも無駄に兵力を減らさずに済む。


「分かった明日は宜しく頼む。母上の方への連絡は抜かりないか?」


 一応、アリアに確認しておく。


「はい、魔道通信で宣戦布告は伝達済です。王都方面はリグレス様にお任せすれば問題ないかと」

 

「そうだな、後は我々のスピード次第だエンハイム側の被害を最小限にするためにもな」


「でも疑問なのですが。正直兄様の力で敵の本拠地に乗り込んだほうが早くないですか?」


 恐らく僕達の力を知るものが思うであろう疑問をクラリスが投げ掛ける。


「チッチッチッチ、クラリスは甘い、甘いぞ。妾の妹になるのならもっと対外的な側面も見なければなるぬのじゃ」


「それではナナ様は理由をわかっておられると?」


「無論じゃ、良いかクラリス、確かに私達だけで相手の本拠地に乗り込んで黒幕を捕まえるのは容易い」


「だからそうしようって話じゃないのですか?」


「しかしそうしてしまうとメビウス一人の功績となってしまうのじゃ」


「兄様なら当然ですなんら問題ありません」


 言い切ったクラリスにどこで覚えたのか大袈裟なリアクションでナナが言葉を返す。


「バカモーン。それではグラシャス家はメビウスの力だけで成り立っている国と周辺諸国に思われてしまうのじゃ」


「でも実際に兄様の力は偉大です。それを知らしめることに何の問題があるでしょう」


 僕を褒めてくれるのは嬉しいがやはりクラリスは度が過ぎてると思いつつ周りを見るとアリアやミィも同調するように頷いていた。


「はぁ、この重度のブラコンめ、我々は畏怖の対象をメビウスではなくグラシャス家にしたいのじゃ、メビウスの個に頼ればメビウスの不在時を狙う浅はかな者も出るじゃろう」


「だから、グラシャス家に手を出したらどうなるかを今回の件で周囲にも知らしめる。言葉は悪いけどいい見せしめねスゥインスタは」


 マリがナナの言いたいことを補足する。

 喧嘩を売ってはイケナイ存在を僕という個だけではなくグラシャス家しいてはグラシャス家に連なる者たち全てと認識させるためだと。


「そう言うことだ。パルラキア地下遺跡で最初に喧嘩を吹っ掛けて来たのはスゥインスタ側だ。その後釈明の機会を与えたのにも関わらずエンハイムの王家を半ば乗っ取り徹底交戦を望んだのは相手側の意思に他ならない。逃げる相手を追う必要はないが歯向かう相手には容赦はするな」


「なりほど分かりました。ならば私は兄様と一緒に戦うのみです」


 クラリスの言葉に応じるように他の皆も頷く。


 そんな皆を見渡しながら明日から一気にスゥインスタの王都まで進軍するのだからゆっくりと各々の天幕で休憩を取るように促したが結局誰も天幕から出て行かずそのまま次の日を迎える事になってしまった。

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