第42話 クロエリカの本質


 アリアが剣士の冒険者と戦闘に突入する。

 わたくしは矢を向けたまま動かないアイザック殿を視線で捉えながら周囲の気配を探る。


「はぁ、私も動かないといけないようですなぁ」


「このまま、睨み合いでもわたくしは構いませんけど」


 いつでも射抜ける体勢のまま視線を逸らさない。


「雇われとしてはそう言う訳にはいかないものでして」


 この男は相手パーティの中でも頭ひとつ抜け出ている、わたくしもある程度本気を出さねば不覚をとるレベルの実力者だと感じた。


 牽制の意味で殺気を込めて射殺すイメージを投射する。

 アイザックはそれに反応して動くと6本の針とそれに隠れるように追加の針を2本投げてくる。

 最初の針を弓幹で払い落とし隠しの二本を掴み取ると投げ返す。


 アイザックは腰から抜いた小振りの刀でそれを払い除けると私が放っていた矢をすんでのところで躱す。


「いや、危ないところでしたよ。そう言えば、前はお名前を聞きそびれていましたな、今お聞きしてもよろしいか?」


 危なかったと言う割には飄々と語る姿に焦った様子は感じられない。


「たしかに、まだ名乗っておりませんでした。わたくしは星十字三席にして、今は優美なる星々グレイススターズの一員でありますクロエリカ・ヴァルジュであります」


「クロエ……まさかあの『武神』でありましたか、

てっきり軍属だと思っておりましたが、見事な駄メイドぶりに完全に騙されておりましたよ。しかしそうなると私では手に負えない大物ですな」


「それでは大人しく投降されるか? 疾風迅雷殿」


 口では色々言っているがこちらのスキをうかがう様子は崩さない。

 逃げ場を作らせないために全方向に殺気を放ち、いつでも狙撃出来るように構える。


「いやはや、本物の超越者バケモノですな……そんな、あなた達が本当に仕えてる主ってのはいったい何者なのです?」


「主様は主様。唯一わたくし達が負けを認め、従う事を良しとした唯一無二の御人だ」


 そうわたくしが主様に叩きのめされ自らの卑しさを知った事件…………。


 もともと我が家は武門の誉れ高き辺境伯でありながら魔法至上主義のエンハイムにおいては魔法力の乏しさから北方の蛮族との誹りを受けていた。

 それに耐えかねた一族の者たちが画策していた無謀な反乱を未然に防いだ上に揉み消してくれたのが他ならぬ主様だった。


「信じられません、あなたが負けたのですか?」


「はい、ゴミ虫のごとく完膚無きまでに捻り潰されましたよ!」


 反乱未遂事件当時のわたくしは身の程知らずにもそれなりの強者だと自負していた。

 そのことにより力を見込まれヴァルジュ家の刺客としてわたくしは妹のモカと共に主様とアリアと対決することとなった。

 そして、わたくしはその体に触れることさえできず完膚無きまでに叩きのめされて地を這う屈辱をさらすことになる。


 わたくしの『殺せ!』と言う言葉に主様は優しく微笑み『死ぬには早計だよ』と諭してくれると『女の子だから傷が残らないようにしないとね』と言って手厚く傷を治してくれたのだ。


 なんてことは無い強者と言っていたわたくしは主様にとっては守る側の弱者に過ぎず、吠えて粋がる子犬を一度叱って立場を分からせた後、優しく宥めてくれたに過ぎなかった。


 今考えてもまさに飴と鞭を巧みに使い分ける主様はわたくしの主になるべくしてなったお方だった。


「おや、殺気が緩みましたね。私を逃してくれるんですか?」


「いいえ、動けば射抜いてました」


 主様のことを考えてしまい気が緩んでしまった。

 何分わたくしの価値観を変えてくれた大切な思い出だ。

 主様のお言葉を思い返すたびに心が温かくなり、無様に這いつくばって地を舐めさせられた屈辱的な仕打ちに心が震える。


 そんなわたくしの感情の揺らぎをスキと受け取ったのかアイザックが動く。


「そうですか、それなら打開策はこれしかなさそうですねぇ」


 そう言うとアイザックを中心に八つの実体を持つ影が背後から八方向へと動いた。

 その影に躊躇せずほぼ同時に八本の矢を射る。

 その間隙を突いて動かなかった本体が真っ直ぐこちらに向かってくる。

 対処するため接近戦用に腰に備えつていた短剣を抜くとそれをアイザックに投げつける。


 アイザックは予想外の行動に慌てて身を翻して短剣を交わす。

 次にわたくしが放っていたニ矢のうち頭を狙った矢は払うことが出来たようだが足元を狙った矢には対処出来ず足の甲を射抜かれる形になる。


『…………やられちゃいましたぁ』


 わたくしは心の中で叫ぶと己の失敗を恥、思わず唇を噛む。

 足を射抜いたはずのアイザックは本体では無く分身体だったようで足元に矢だけを残して消え失せた。

 どうやら最初に動いた八つの影のうちの一体が本物で矢に射抜かれながらもそのまま逃げ果せたようだ。

 血痕を辿れば後を追うことも可能だが、この状況ではそれをしないことも折り込み済なのだろう。


 まんまと出し抜かれてしまい自身の未熟さを痛感する。

 不甲斐ない自分へのお仕置きとして、今度主様に頼んでトコトン、ズタボロになるくらいまで鍛え直してもらおうと心に誓ってからアリアの所へと歩み寄った。


 





 

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