第60話 若菜の願い
目の前にいたのは、限りなく若菜に近い誰かであった。
栗色の髪のショートへアーに、落ち着きのある佇まい。そして何より、14歳とは思えない大きな二つの胸。
見た目は若菜に瓜二つだ。しかし、纏っているオーラというか雰囲気が違っていた。冬陽の知っている若菜にはあった近しい距離感を、目の前の少女には感じない。
冬陽は目の前の若菜のような誰かを見つめて、数秒ほど硬直する。
すると、若菜に似た少女は、申し訳なさそうに冬陽を見上げた。
「あの……。秋月冬陽さん、ですよね? なんでも、もう一人のぼくの友達だったとか」
もう、それだけでよかった。それだけで、今の彼女は気付いてしまった。
サーッと、冬陽から血の気が引いていく。
「もしかして……あなたは――」
「……うん。ぼくは小日向若菜。えっと、元の小日向若菜だよ、秋月冬陽さん」
希望の先にも、あったのは深い闇の底だった。
冬陽は反射的に扉を閉めた。あまりにも勢いよく閉めた扉が、凄まじい音を立てる。
頭の中が真白になった後、冬陽の頭の中に湧き上がったのは……怒りだった。
「冗談、言わないで……。若菜さん、言っていい冗談と悪い冗談がありますよ?」
『ごめん。急には認められないよね。でも、これは本当の事なんだ。もう一人のぼくはもう……』
「聞きたくないっ! 嘘を言うなら帰って!」
冬陽は扉を背にしてしゃがみ込んだ。
信じられなかった。三日前までは、あんなに親身になって自分を心配してくれた若菜が、もうこの世にはいないということが。
『……信じたくないとは思うよ。でも、あなたには今のぼくを知ってほしい。それが、もう一人のぼくの願いでもあるから』
「適当なこと言わないで!」
冬陽は頭を抱えて叫んだ。涙が、滂沱の如く瞳から溢れる。
同じ病気を患った若菜を失った。その事実が、どうしようもなく冬陽を追い詰めていた。
頭の中にいる夏樹は、黒い頭巾を被り冷酷な表情をしていた。まるで、その姿は冬陽を殺そうとする処刑人のようであり、愛する元の冬陽を取り戻そうとする男の目をしていた。
冬陽は怖くて仕方なかった。
元の若菜を名乗る少女は、再び口を開く。
『適当なことなんかじゃないよ。ぼくは、もう一人のぼくとの約束を守るためにここに来たの。秋月冬陽さん。もし、本当にもう一人のぼくと友達だったというのなら、ぼくの話を聞いてほしい。……もう一人のぼくの最後の願いを、叶えてほしい』
若菜の願い。その言葉に、冬陽は肩を震わせた。
幾度も自分を助けてくれた、大切な友人。その最後の願い。
冬陽の脳裏に、微笑む若菜が過ぎった。
「……若菜、さん」
涙を強引に袖で拭うと、冬陽は鼻を啜りながら立ち上がった。
冷たい銀のドアノブを握って振り返ると、ゆっくりと扉を開ける。
ほんの十数センチドアを開けると、冬陽の前に元の若菜が立っていた。
気持ちが目の前の彼女を拒否する。それでも、意を決して冬陽は口を開いた。
「……聞かせて。若菜さんの、最後のお願いを――」
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