第48話 水橋の呪い

水橋将太『冬陽さん。ずっと前から好きでした。好きです付き合ってください』

秋月冬陽『水橋先輩。気持ちは嬉しいです。でも、誰かとお付き合いするつもりはあ

     りません。ごめんなさい』

水橋将太『どうしてそんなこと言うんだ? オレの何が不満なんだ?』

秋月冬陽『不満なんてありません。水橋先輩は素敵な人だと思います。でも、今のわ     

     たしは、誰かと付き合うつもりはないんです。本当にごめんなさい』

水橋将太『そんなこと言うなよ。素敵だと思うなら付き合ってくれよ』

秋月冬陽『ごめんなさい。このお話は、ここまでにさせてもらいます。すみません』


「……ってことは、冬陽はあの先輩と付き合っているわけではなかったのか。良かった」


 思わず安堵の息を漏らす。しかし、冬陽に表情は相変わらず切迫したままだった。


「何言ってるのお兄ちゃん。キモ怖いのは、こっからなんだから!」


 冬陽は続いて、別のチャット画面を夏樹に見せつけた。


 しょうた『冬陽さん。ずっと前から好きでした。好きです付き合ってください』

 秋月冬陽『水橋先輩、ですか?』

 しょうた『ああ。オレは諦めないよ。何度でも、お前が頷くまで告白する』

 秋月冬陽『ですから、この話はお断りしたはずです。わたしの気持ちは変わりませ  

      ん』

 しょうた『好きだ。オレはお前が欲しい。お前を手に入れるためならなんだってや

      る』


 冬陽は更に、違うチャット画面を表示した。


 syouta 『好きだ。お前をオレのものにしたい。オレのものになってくれ』

 秋月冬陽『先輩、もう止めてください。これ以上は軽蔑します』

 syouta 『お前の髪を掻き上げる仕草が好きだ。静かに微笑む姿が好きだ。麺類を  

     啜る時の唇が好きだ。好きで堪らなくて、どうしても自分のものにした

     い』

 syouta 『付き合ってくれ。そして、オレのものになれ。オレの色に染まれ』

 秋月冬陽『もう、わたしに関わらないでください』


 その後のコメント数はカンストしていた。もちろん、全て水橋のコメントだった。

 冬陽は更に別の画面を表示する。


 ショウタ『どうしてお前はオレの想いを受け入れてくれないんだ?』

 ショウタ『オレはこんなに好きなのに。すごく辛い。死にたくなる』

 ショウタ『お前は、今まで自分に言い寄った男全員にこんな思いをさせたのか?  

      だとしたら、お前は最低な女だ。大した理由も無く、人を深く傷付けて

      いる』

 ショウタ『もし、お前に好きな男が出来ても、お前は絶対幸せにはならない。多く

      の人を不幸にしたお前が、幸せになることはありえない。多くの男を不

      幸にした奴が幸せになるなんておかしい。お前も、お前が好きになった

      男も、必ず不幸になる。オレが不幸にしてやる』

 ショウタ『お前、確か里子だったよな? お前は、死ぬまでずっと独りだ。断言す 

      るお前はいつか、その家族にも捨てられる。捨てられて、独りになるん

      だ』

 ショウタ『独りになって、いつか誰もお前を見なくなって、独りで死ぬんだ。その

      時必ず後悔する。自分があらゆる男を不幸にしてきたことを。オレの告

      白を受け入れなかったことを。後悔させてやる』

 秋月冬陽『もうやめて。やめてください。お願いします。わたしに付きまとわない   

      で』


 その後の冬陽の発言は無く、そのチャットの通知数はカンストしていた。


 冬陽は他にも、水橋と思われるアカウントを30ほど見つけた。それらは全て呪詛のような言葉で埋め尽くされており、他のクラスメイトや友人の通知履歴は奥底に埋もれてトーク履歴からは探すことすら不可能に近かった。


 『お前は幸せにはなれない』『最後は独りになる』『お前が好きになった奴も不幸になる』そういった言葉の波が、暴力のように冬陽のチャットを埋め尽くしていた。

 それら全てに目を通した夏樹は「何だよこれ……」と呟いて、ひどい吐き気を覚えた。


「……こんなの、告白じゃないわ。ただの――呪いよ」


 冬陽が吐き捨てるように言った。彼女の目には、水橋への明らかな敵意が灯っていた。


 冬陽はスマフォをベッドに置くと、振り返って夏樹に訊いた。


「ねえ、お兄ちゃん。訊きたいことがあるんだけど、元のわたしは里子なのよね? わたしとは正反対に控えめで大人しい性格なのに、家事なんかは自分から率先してやる子だったんでしょ?」


「ああ。普段は物静かで自己主張もしない奴だったけど、家の事に関してはいつも率先的に動いてたな。小さい時は、本を読んで勉強したりもしてた」


「でも、それっておかしくない? 控えめで自己主張もあんまりしないのに、家の事に関しては自分から率先的に動くなんて、性格とは正反対の行動だと思うの」


「まあ、確かに言われてみればそんな気もする」


「だから、わたしはこう思ったわ。元のわたしは、独りになることを極端に恐れていた。一度両親を失って、独りになることの恐怖を知った元のわたしは、里子として受け入れられたこの家で、独りにならないように努力していたのよ。そこに、この男の通知。それから、お兄ちゃんの告白」


 愛の告白からして一転。冬陽を付け狙い、呪いを植え付けてくる水橋の通知。

 そして、夏樹自身の告白。


 夏樹の思考が、そこから導き出される最悪の事態に行き着いた。

 胸の動悸が収まらない。


「ってことは、まさか……」

「そう。元のわたしがお兄ちゃんの告白を受けてクランを発症したのは、こいつのせい」


 夏樹は、冬陽に告げられて息を呑んだ。


 本当なら、クラン発症の原因が分かって喜ぶところかもしれない。しかし夏樹は、冬陽の推理とクランの発症から、あることに気が付いてしまった。


「冬陽は春野家から追い出されるのを怖がっていた。なら、冬陽が大きなショックを受けたってことはつまり、俺の告白は冬陽にとって家から追い出されるかもしれないイベントだったわけだ」


 冬陽の話を聞いて考えると、元の冬陽は自分の事を好いてはいなかった、ということになる。その推理は、夏樹の心を抉るには十分だった。


 目に見えて落ち込んでいる夏樹に、冬陽は口を尖らせつつも、ぶっきらぼうに告げる。


「そんなことないんじゃない? あのストーカーの呪いのせいで、元のわたしは人を好きになると、必ず相手を不幸にしてしまうと思っているのよ? そんなところに、自分の好きな人から告白されたら、そりゃショックで倒れもするでしょうよ」


「そんな都合のいい展開なんてあるわけないだろ……」


 がっくりと肩を落とす夏樹に、冬陽は少しだけ寂しそうな視線を向ける。ところが次の瞬間。彼女は夏樹の肩を叩いて、強気に言ってのけた。


「そんなことないよ。それを、これから調べようよ、お兄ちゃん」

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