第25話 女の子の扱い方

「はいはい。ただいまー」


 スリッパを履いて扉を開ける。するとそこには、可憐な少女が立っていた。


「おはようございます」


 栗色の髪のショートへアーに、意志の強そうな瞳。そして、落ち着きのある声と佇まい。

 まるで、夏樹の記憶にある少女が、そのまま成長したような――


「……若菜、ちゃん?」


 しかし、そう答えるのには少しの時間がかかった。


「はい。よく分かりましたね、お兄さん」


 小さく笑って見せる若菜。そんな彼女の姿に夏樹は再び目を丸くした。

 しなやかに伸びた手足。夏樹より頭一つ低い身長。大人っぽくなった顔つき。そして、姉にも劣らない、掴んだら両手からこぼれそうな……豊満なバスト。


「わ、若菜ちゃん。君、今いくつ?」


 動揺を隠せないまま尋ねる。


「歳ですか? ふふっ、14歳です」


 可憐な笑顔で、若菜はそう言った。

 大きくなった若菜を見て、何と言おうか迷っていた夏樹。そんな彼の背後で、ドアが開く音がした。


「あっ。あれ? 若菜、さん?」


 振り返ってみると、そこには廊下に出てきた冬陽がいた。

 まずい。夏樹の心臓が早鐘を打ち始める。


 冬陽はクラン症候群について何も知らない。きっと言えば傷付く。そう思って伏せていたのだ。


 しかしそこに、自分と同じ病気であると知っている若菜が、突如として大きくなった姿で現れたら? もちろん、自分にも同じ症状が出ることがばれてしまう。自分の成長には気付かないようだが、こうなってしまってはバレるのは時間の問題――


「若菜さんだー。ふふっ、お見舞いに来てくれたんですか?」


 しかし、冬陽はまだ若干青い顔で微笑んだ。


「あれ? 気付いてないのか?」


 小声で言葉を漏らす。若菜は夏樹に「おじゃまします」と言って一度頭を下げると、玄関の中へと入り、そのまま冬陽と共に部屋へ入ってしまった。


「お、おはよっ。春野くん」


 後ろから声を掛けられて、夏樹は振り返った。


「お、おはよう。小日向」


 妹より遅れて小日向がやって来るのは、いつもの光景だ。そのことには触れずに、夏樹は若菜のことについて問いかける。


「なあ、小日向。若菜ちゃん、大きくなってたな」

「あ、うん。びっくりした?」

「ああ。ビックリしたよ。でも、冬陽は若菜ちゃんが大きくなったことに驚いた様子はなかった。どうしてだ?」

「あの子たちは、突然人が大きくなることを異常とは捉えないってお医者さんが言ってたよ? 脳が違和感としてそれを認知しないとか、なんとか」

「つまり、あいつらの頭の中では、人間が急にデカくなっても違和感がないってことか?」

「そうみたい。不思議だよね」


 不思議だ。しかし、その不思議な脳の処理が現実との矛盾に気付いた時、クラン症候群の人間は自分のことをどう思ってしまうのか。


 きっと、辛い目に遭うだろう。そんな思いを、今の冬陽にはしてほしくない。

 隠し通さなければ。


「あ。それはそうと、春野くん。これ……渡しておくね」


 思い出したかのように、小日向は自分が持っていたポーチを差し出した。

 小日向印のサポートアイテム。いつもは紙袋などに入れてあるが、今回は何故か可愛らしいピンクのポーチに入っていた。


「ああ。わざわざ悪いな。今回は何が入って――」

「ちょ、ちょっと春野くん!? 中を見ちゃだめえええ!」


 ポーチを開けようとする夏樹を制止して、小日向はポーチの口をぎゅっと絞めた。


「こ、この中は女の子の日に必要なものが入ってるから見ちゃダメだよ!」

「あ、ああ。悪い……。つい、いつものくせで」

「もう、そんなこと冬陽ちゃんにしたらダメだからね?」

「はい。以後気を付けます……」


 ポーチを受け取って、もう見ないことを固く誓った夏樹だった。


「そういうデリカシーに欠けることをしたらダメだよ? ただでさえ女の子の日はイライラしたり情緒が不安定になるんだから」

「……はい。でもわざとじゃないんです」

「気を付けてね? 私との約束」

「はい……」


 もう、あまり冬陽に構うのは彼女の精神衛生上よくないのかもしれない。寂しいが、そっとしておくのが吉だろう。


 溜息を吐きそうな夏樹に対して、それを見抜いた小日向が人差し指を立てた。


「でも春野くん? 女の子の日は、急に寂しくなったり怖くなったりすることもあるから、ちゃんと冬陽ちゃんの傍にいてあげてね?」

「えええっ。でも一緒にいたらデリカシーの無いことを言っちゃうだろ? どうしたらいいんだよ」

「常に冬陽ちゃんに気を配っておくんだよぉ。少なくとも、今の冬陽ちゃんにとって初めての経験だもん。自分の感情が抑えられないことに、また冬陽ちゃん自身も怖がるだろうから。ちゃんと傍にいてあげてね」

「……分かったよ。ちゃんと傍にいる」

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