5分で読めるホラー短編集

海牛トロロ(烏川さいか)

① 見られるだけ

「ねえねえ、ヒマちゃん。今日家来ない?」


 終礼のチャイムが鳴るなり、向日葵ひまわりの席に真っ先に駆け寄ってきた制服姿の少女。

 彼女の名前はあかね。二人は小学校の頃からの幼馴染で、高校に上がっても一緒に過ごすことの多い親友である。


 校則通りに制服を着こなす向日葵とは対照的に、茜は髪を薄茶色に染めショートに切りそろえ、スカートを数回折って短くし、ネイルやメイクで可愛らしく自分を飾っていた。


「いいわよ、茜。例のドラマの続き一緒に見る?」


「それもいいけどさ、今日はちょっと一緒にやってもらいたいことがあって」


「何それ? 変なことじゃなければいいわよ」


「全然変なことじゃないから」


「ふうん」


 詳しく内容を聞こうとしても「まあまあ、見てからのお楽しみ♪」の一点張りで話してくれそうになかった。

 仕方がなく向日葵は、ひとまず茜の家に行ってみることに。


 放課後。学校から徒歩10分。

 新しめの家が建ち並ぶ住宅街の中、黄色い屋根の家が一軒。それが茜の家である。


 家に入るなり、家族写真の飾られた階段を上って二階の茜の部屋へと行く。そしてまずは、茜が用意してくれた紅茶とスナックをつまんでお喋りをしながらくつろいだ。


「それでさ、今日の本題なんだけど」


 スナックがなくなりかけたところで、茜が切り出した。


「グーグルアースで見られる家の噂は知ってる?」


「全く知らないけど」


 グーグルアースといえば、バーチャルの地球儀。航空写真が見られたり、ストリートビューという機能を使えばバーチャルの街を実際に歩いているように見物できたりするサービスだ。


 向日葵はあまりその機能を使ったことがなかったが、それで見られる家の話なんて聞いたこともなかった。


「ほら、グーグルアースって普通は道だけで、建物の中には入れないじゃん? でも一軒だけ入れる家があるって都市伝説があってね」


「ふーん、たまに水族館や遊園地で入れたりするけど、家では聞いたことないわね」


「そう! そうなんだよ!」


 茜が子どものように目をキラキラと輝かせる。


「それでね、あたし、ネットの掲示板でその家の位置を見つけたんだ。だけどやっぱり一人じゃ見るのがなんか怖くって」


「相変わらず茜はそういうの好きね」


「えへへ」


「でもわかったわ、それならすぐに見ちゃいましょ。付き合うわよ」


「わぁほんとに! ありがとうヒマちゃん!」


 学習机に着き、さっそくノートパソコンを操作し始める茜。

 私はクローゼット前に置かれた折り畳み式の椅子を持ってきてその隣に座った。


「えっと確か、住所はここで……と」


 グーグルアースで目的の住所を入力し、ストリートビューを使ってその家の前に立つ。


「この家のはず?」


「なんか……普通の家ね」


「うん、もっと古いお家なのかと思ってた」


 その家は、見る限り築5年以内、オシャレな外装をしたものだった。

 こういう都市伝説に登場する家といえばもっと古めかしい和風建築だったり、廃墟じみた洋館だったりをイメージしていた。


「掲示板の情報はデタラメだったんじゃないの?」


「んー、とりあえず入ってみようよ」


 半信半疑。

 むしろ疑いの方が濃かった。

 が、しかし、玄関前に立ち、家に向かう矢印をクリックしたところで、その疑いがすべて吹き飛んだ。


「ほんとに入れた……」


 何ともすんなりと。

 当然の仕様とでも言わんばかりだった。


「中も普通ね」


「うん、ほんと普通」


 普通過ぎて逆に怖い。

 綺麗に掃除された玄関は、ランプや芳香剤、スリッパかけだけが置かれていた。

 ごく普通の一般家庭。

 まるで、どこかの家にふらりと忍び込んだかのような感覚になる。


 玄関に入っても、まだ突き進む矢印が表示されている。

 茜がそれをクリックすると、一歩、家に上がった。

 多方向の矢印が表示される。

 廊下を進むものや部屋に入るもの、そして階段を上がるもの。


 茜はひとまず近くの部屋に入る矢印を選んだ。

 すると、


「え……」


「ひ、人だ……!?」


 そこはリビング。テレビを囲んでソファに座り、団欒だんらんを楽しむ家族の姿があった。

 父、母、小学生くらいの男の子と祖父母。

 全員が笑顔で、まさしく理想ともいうべき一家のかたちだ。


 しかし、これはグーグルアース。

 通行人の顔にはプライバシー保護の観点からモザイクがかけられるはずなのだが。


「こんなしっかり写っちゃっていいものなの……?」


 一家全員の顔がはっきりと写っていた。

 茜が何かをひらめいたかのごとく、パチンと手を叩いた。


「あ、ひょっとしてあれじゃない? 何かのPR! 建築会社とかかな」


「そう、なの……?」


 合理的な理由を考えるのだとすれば、確かにそういうこと以外考えられない。


「あ、隣の部屋に行ったら朝になった。朝食中かな? 仲良さそうな家族だね~」


 いつの間にか茜が隣の部屋へと移動する操作を行っていた。

 そこはダイニングのようだ。

 リビングではカーテンが閉められ明かりが点いていたから夜だったと思われるが、こっちではカーテンから朝日が差し込んでいた。

 さっきまでテレビを見ていた家族が朝食を食べている。


 寝ぼけ眼をこすって朝食を食べる素振りを見せない男の子を母親が窘めているのだろうか。

 父親は新聞で隠しつつ大あくび。息子が朝が弱いのは父親譲りのようだ。

 祖父母は仲睦まじく会話をしながら朝食を食べている。


 これがPRだとして、あまりにも生々しすぎる。

 実在する一家の姿を監視カメラで覗き見ているような罪悪感があった。


「ねえ、やっぱりやめない? なんか気持ち悪いよ」


「えー、せっかくなんだからもうちょっとだけ見てみようよ~。二階もあるみたいだし」


 茜は楽しくて仕方ないようだ。

 向日葵は、その気持ちが分からなくもなかった。


 電車の車窓からふと見えるカーテンの開かれた部屋。

 いけないと分かりつつも、何となく気になってちらりとその中を見てしまう。

 そんな感覚なのだろうと。


 それでも罪悪感の方が勝っていた向日葵だが、楽しそうにする茜の邪魔をするのも悪いと思いしぶしぶ折れる。


「んぅ……じゃあ、あとちょっとだけね」


 二階へ行くと、夕方になった。

 窓から入ってくる光が二階の廊下を赤く染め上げている。


 ひとまず、二階へ上がってすぐの部屋に入ってみる。

 そこは書斎のようだった。


 左右の壁を本棚が覆い、本や辞書、専門書などがぎっしりと収納されている。

 中央には高級そうな木製の机があり、その上に、画面が反対側を向くようにして据え置きのパソコンが置かれていた。


「あ、さっきの男の子だ。お父さんの部屋のパソコンで勝手に遊んでるのかな」


 よく見ると、パソコンの陰から男の子の姿がはみ出していた。

 夢中な顔で画面を操作している。


「何調べてるのか見ちゃお」


 悪戯っぽく笑って、茜はポチポチと矢印をクリックして息子に近づいた。

 裏側に回り込み、パソコン画面を覗き見る。


「ねえ、これって……」


「……うん」


 画面に映っていたものを見て、二人の背筋は一気に凍り付いた。


 なぜならそれは――どこかの家の中、どこかの家族の姿だったからだ。


 つまり、向日葵たちが今見ているものと同じ……。


「い、悪戯か何かなのかな! 実はこうやってあたしたちを驚かせるためのサイトとか!」


 茜がそう言った途端、ストリートビューの画面が一歩、前へと進んだ。

 操作もしていないのに、勝手に。


「「……っ!?」」


 画面の変化は移動だけではなかった。

 さっきまで画面に集中していた男の子が、こっちを向いたのである。

 恐怖で激しく歪んだ表情で。


 男の子の恐怖ににじんだ瞳と、目が合った。


「茜、今すぐ閉じて」


 茜がマウスを握って画面を閉じるボタンを押すが、まるでいうことをきかない。


「あれ、閉じないっ!」


「なんで!?」


「わかんないよ!?」


「強制終了して!!」


 電源ボタンを長押しするがそれでも画面は暗くならなかった。

 ずっと、阿鼻叫喚あびきょうかんの形相でこちらを見つめる男の子を映し出している。


「……だめっ! どうして消えないの!?」


 半ばパニックになりつつ電源ボタンを叩くようにして何度も押し込む茜。

 けれども唐突に、画面は別のものを映し出す。

 家の玄関だ。


 間髪入れずに画像は動き出し、階段を上り始める。


「なんで勝手に動くの……!」


「まって、茜……これ……見覚えある」


 階段の壁に飾られた家族写真。

 そこに写っていたのは、茜とその家族だった。


「うそ……なんで」


 目を見開いて固まる茜。


「これ、家だ」


 そうこうしている内に画面はどんどんと進み、間もなく階段を上りきる。


「上ってきてるっ! 逃げなきゃ!!」


「でもどこに!?」


「ま、窓! 窓から!」


 そう言って向日葵が窓に手を伸ばした時だった。


「ヒマ、ちゃん……」


 今にも泣きそうな茜の声がした。

 呼吸を乱してパソコン画面を見つめている。

 その表情は恐怖に満ちていた。


 私も恐る恐る画面に目を向ける。

 案の定、というべきか、そこに映っていたのは女子高生二人の背中。

 ノートパソコンを見下ろし、立ち尽くしている。


 そう、それは今の向日葵たちだった。


 カメラのアングルは、この部屋の入口あたり。

 今、彼女たちの背後に、何かがいる。


 そこには何の気配もない。

 息遣いも物音もしない。

 およそ生きている何かが存在しているような感じは全くしない。


 しかし、確かに何かがいて、何かの“目”があるのだ。


 振り向いてはいけない。

 そう分かっていても、首が勝手に動き、ゆっくり後ろを振り向いてしまった……。








――グーグルアースで入れる家の噂知ってる?


――知ってる知ってるー! 黄色い屋根の家でしょ!


――そう! 遊んでる女子高生二人がいる家ね。今日よかったら一緒に見てみない?


――えー、なんか怖いよ


――大丈夫大丈夫。実際に家に行くわけじゃないし、見るだけなんだから


――うーん、ま、見るだけならいっか


――よし、決まりねー!






① 見られるだけ ―了―

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