第6話 星明かりの下で(1)

 レリアと無事合流できたシャルロットは、その後シャルヴェンヌ女子修道院の屋台を見つけ、肩の荷が下りた気分で残りの屋台を楽しんだ。

 待望のミートパイを川縁に座って食べ、大道芸や劇などを堪能した後、シャルロットたちは帰路に就いた。

 丘を登って修道院へ向かっている最中、祈りの時間を告げる鐘が、高らかに鳴り響いた。

 未だ空は青く、日暮れの気配は微塵もない。しかし、既に一日の労働を終える時刻となっていた。一年で最も日が長くなる今日は、夜の訪れも遅くなる。


 守衛が常駐する門を潜り抜けると、正面に聖堂が現れる。

 そこから左手に進むと、シャルロットの仮住まいである客人の館が、砂利道の脇に佇んでいた。

 レリアたち見習い修道女が暮らす建物は、聖堂の裏側にある。夕飯までひと休みしようと、彼女たちはいったん別れ、自室へ引き上げることにしていた。


「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」

「私も! ずっと街にいたかったくらい」


 客人の館を前にしてシャルロットが礼を述べると、レリアは晴れやかな笑顔を浮かべた。


「あ、そうだ。忘れないうちに、シャルロットに渡さないと」


 レリアはやにわに、チュニックのポケットに手を突っ込んだ。ごそごそと手を動かしてつかみ取ったのは、生成り色の小袋だった。

 シャルロットが目をぱちくりしていると、レリアは自然な動作で小袋を差し出してきた。


「はい、開けてみて」

「えっ、いいんですか?」

「うん。どうぞ」


 よくわからないながらも、シャルロットは恐る恐る小袋を受け取った。

 蝶結びの紐を解き、袋を開ける。


「これは……?」


 掌に袋の中身を出すと、細い飴色の革紐であることがわかった。


「それ、シャルロットにあげる。いつだったか、お守りの紐が切れちゃったでしょう? その代わりに、よかったら使って」


 お守りとは、恐らく大樹の葉守りのことだ。念のため、それとわからないように言い換えたのだろう。

 シャルロットは当惑して、革紐とレリアの顔を交互に見た。


「とても有り難いですが、いただく理由がありません」

「うーん、そうだなあ。ふたりで夏至祭を楽しんだ記念ってことでどう?」

「それなら、私もなにかあなたに贈ります」

「いいのよ、そんな気を遣わなくて。私があげたいだけなんだから。それにシャルロット、お金持ってないでしょう?」

「それはそうですけど……。レリアだって、お金は持っていないはずですよね?」


 シャルロットが首を傾げると、レリアはにやりと口の端を上げた。


「ふふふ。実は、ずっとへそくりを隠し持ってたの。それで買ったんだ」

「あっ、もしかして私と別れた時にですか?」

「そうそう」


 シャルロットは、ゾエと出会う直前のことを思い出した。レリアは通り過ぎた屋台に用があると言っていたが、あれはひとりになるための口実だったのかもしれない。


「へそくりを使ってまで買ってくれたんですね……。なんだか申し訳ないです」

「申し訳ないと思うなら、受け取ってちょうだい。私が持っていても、無用の長物になるし」


 そこまで言われては、受け取らないわけにはいくまい。

 観念したシャルロットは、感謝を込めてレリアに笑いかけた。


「では、遠慮なく。ありがとうございます、レリア。正直、紐を新調したくてもできなくて、困っていたところなんです」


 この修道院にも、紐の用意ぐらいあるだろう。しかし、備品をもらうにはそれなりの理由がなければいけない。

 大樹の葉守りについて明かすことはできないし、なにより私物を補修するためだけに紐をもらうのは、気が咎めた。

 麻布の端切れに関して言えば、ベリルへサシェを贈るためにどうしても必要だったため、譲ってもらったが。


「それならよかった」


 レリアはこちらを慈しむような、柔らかな微笑を作った。


「こうやってシャルロットと出掛けられるのは、これが最初で最後だから。記念になるものを、どうしても渡したかったの」


 この修道院に所属するレリアとは違い、シャルロットは聖女選定が終われば、ここから去らねばならない。

 レリアの言う通り、彼女と出掛ける機会は今後巡ってこないだろう。

 しんみりとしたシャルロットは、不意にレリアの様子が気に掛かった。

 レリアは痛みを堪えるような顔つきで、こちらを見つめていた。

 彼女はなにかを訴えかける眼差しで口を開きかけたが、すぐに思い直したのか、唇を引き結んだ。


「どうかしましたか?」


 心配になって尋ねると、レリアはぱっと顔を明るくした。


「ううん、なんでもない。もうこうして出掛けられないのかと思うと、寂しくて」

「そうですね」


 シャルロットは束の間逡巡したが、やがて思い切って口を開いた。


「……あの、レリア。なにか辛いことがあるなら言ってくださいね。私はあなたに、いつも助けられていますから……今度は私が、あなたの力になりたいんです」

「シャルロット……」


 レリアは一瞬、途方に暮れたように立ち尽くした。

 だがひと呼吸の後、それが幻だったのかと錯覚するほど、彼女はいつもと変わらぬ素振りでかぶりを振った。


「ううん、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」


 レリアは一歩、シャルロットから距離を取った。


「それじゃあ、また後でね!」


 にこやかに手を振ったレリアは、シャルロットの返事を待たず、砂利道を駆けていった。

 遠ざかる後ろ姿が見えなくなるまで、シャルロットはその場から動けなかった。

 ――なぜだかひどく、胸騒ぎがする。

 

(レリアが相談してくれなかったからでしょうか)


 しかし、それもいまいち腑に落ちない。

 ここであれこれ考えていても仕方ないと息をつき、シャルロットはひとまず自室に戻るため、館へと足を向けた。

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