第3話 白い少年(2)

「シャルロットは聖女候補なんだよね?」


 手を放したエティエンヌがそう尋ねてきたので、シャルロットは「ええ」と答えてから首を傾げた。


「あら? どうして私が聖女候補だと知っているんですか?」

「そりゃあ、同じ修道院にいるんだもの。修道女たちの話を聞いていれば、おのずとわかるよ」

「そうか、そうですよね」


 シャルロットは納得したが、今度は別の疑問が生じた。


「でも私、あなたの姿を一度も見たことがありません」

「ああ、それは……昼間は、極力姿を見せないようにしているんだ。特に新参者が来た時は」

「どうしてですか?」

「君みたいに、僕が見える子がいるかもしれないから。滅多にいないけど、僕に怯えている姿を見るのは胸が痛むし」

「……そうでしたか」


 エティエンヌが避けられてきた事実を突きつけられ、シャルロットは顔を曇らせた。

 そんな彼女の様子を見て、エティエンヌは明るい口調で話を変えた。


「ところで、聖女候補ってどうやって選ばれるの? なにか基準があるの?」

「選考基準は私たちも知りません。ただ、信心深い十代後半の女性であることは必須条件のようです」


 シャルロットは、聖女候補が選出されるまでを説明した。


 この修道院が属する教団を、<白き鏡>教と呼ぶ。ユディアラ王国の国教であり、<白き顔の神>を唯一神として信奉している。


 ユディアラ王国の王都コベーンには、国内の<白き鏡>教を束ねる機関が存在する。コベーン統括聖庁と言い、ここが聖女候補の選定を担っている。

 <剣の聖女>選定のため候補を選出せよ、とコベーン統括聖庁から指示が出されると、全国の教会や修道院は代表者をひとり立てる。選ばれる条件は、シャルロットが先に話した通りだ。

 代表者はコベーン統括聖庁に集められ、そこに所属する担当の聖職者と面接する。そして最終的に五人が候補として選ばれ、すぐにここ、シャルヴェンヌ女子修道院で生活することとなる。

 ちなみに、この修道院も王都コベーンに存在する。


「<剣の聖女>って、そのコベーン統括聖庁に籍を置くことになるんだっけ」

「はい。聖剣ルテアリディスは、統括聖庁で保管されていますから」

「ルテアリディスの管理以外はなにをするの?」

「基本的には修道女と変わりない生活を送るようです。神への祈りと、写本などの仕事をすると聞きました」

「ふうん」


 エティエンヌは腕を組んだ。


「でも、よくわからないな。聖女候補たちは皆、聖女になりたくて頑張っているみたいだけど……なにがそんなに魅力的なの? 修道女と同じような生活なら、特に聖女になる必要性はないような気がするけど」

「それは、<剣の聖女>の地位が総大司教に次いで高いからです。我が国独自の役職ですが」

「へえ、そんなに偉いんだ」


 <白き鏡>教の最高位は総大司教である。総大司教は世界各地に存在し、コベーン統括聖庁にも首長として君臨している。それに次ぐ<剣の聖女>は、大司教以下の聖職者よりも上の立場となる。


「地位と名誉が手に入るなら、そりゃあ頑張るよね」

「そのようですね」


 他人事のように答えたシャルロットに、エティエンヌは不思議そうな面持ちをした。


「シャルロットは違うの?」

「ええ。私は地位よりも、寄進の方を目当てにしていますから」

「寄進ってどこへの?」

「私を育ててくれた修道院です」


 <剣の聖女>が選ばれると、その聖女を代表とした教会や修道院は、王家から寄進を受けることができる。

 シャルロットは六歳の時から、ユナカ州にあるエランジェル女子修道院で養育されてきた。聖女候補として選出されるまでは、そこで修道女として暮らしていたのだ。

 ――自分を育ててくれた修道女たちに恩返しがしたい。

 修道院の代表として選ばれた時、シャルロットはその一心で<剣の聖女>になることを決意した。


「シャルロットは自分のためではなく、他人のために頑張れるんだね」


 シャルロットの事情を聞き、エティエンヌは目許を和らげた。


「なかなかできることではない。――君は、優しい子だね」

「そ、そうでしょうか」


 褒められるとは思っていなかったシャルロットは、どぎまぎした。

 自分と同じ年頃だと思っていた少年は、その幼さの残る顔に不釣り合いな、大人びた笑みを浮かべた。


「大丈夫。君ならきっと、聖女になれるよ」

「……ありがとうございます」


 エティエンヌの言葉には、素直にそう信じられるような不思議な力があった。

 彼の励ましが、じんわりと体を温めていく。

 シャルロットは、感謝を込めてエティエンヌに笑いかけた。

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