俺と死神の100日同棲生活。
をぱりお
第1話 終わりの日 前編
季節は春。時刻は午後二時三十分。
もうすぐ大学の講義が始まる。
俺は、今年の春から大学二年生となった。
高校受験を迎えた、高校三年生。俺は人生で一番勉強をした。
それは、大学で夢のキャンパスライフを過ごしたかったからだ。
大人はよく「大学生が一番楽しい」などと言う。
そんなに言うならどんなもんだいっていう気持ちが半分。
もう半分を占めたのは、恋をしたかったからだ。
いや、本当に不純な気持ちなのは申し訳ないと思うけど、実際動機なんてものは人それぞれだろう。
俺は、恋をしたことが無かった。
小、中、高とそのことについて周りからいろいろといじられたりした。
「お前、その年でまだなわけないだろう」とか、「恥ずかしがってるのはダサい」とか。本当のことなのだからしょうがないだろう。
だから、俺はどのように恋に落ちるのかわからなかったし、人の話でしか聞いたことが無かった。
当然、告白なんかもされたことが無かったため、彼女いない歴=年齢の悲しい童貞がいともたやすく完成してしまった。
そんなこともあって、俺は大学に行けばそんな悩みともおさらばできるんじゃないかと思ったわけだ。というか、聞けば聞くほど不純だな、理由が。
さて、念願の大学生活はどうだったのか。
一年がたった今でも、俺の悲しい記録の更新は留まることを知らない。
結局、大学が人を変えるんじゃなく、人が何かをきっかけに変わるのだろう。
要するに、俺の青春は未だに灰色のままということだ。
別に友達と楽しく過ごす今の生活が気に入らないわけではない。
でも、周りが気になる人、好きな人の話をするときには疎外感を感じてしまう。
「なな、今度の合コンお前も来ねえ?」
な?ほら来た。
「なあ、何でいつも俺を誘うんだ?」
「何でってお前、そりゃあ…、可哀そうなお前にチャンスをだな?」
要らん気遣いだが、行ってみたらなんてこともあるのかもしれない。
たまには、友の誘いに乗ってみるのもアリなのかもしれないな。
「今度っていつなんだ?それによるけど…」
「おぉ!マジか?えっとな~…」
そうこうしているうちに始業の合図が鳴り響いた。
俺は、多分理想が高いのだろう。
友達にもお前のハードルが高いだけじゃないのか?と言われたりもする。
けど、これは童貞の考え方だと笑われるかもしれないが、こういうことに妥協するのは何ていうか、違うような気がした。
午後四時十分。
大学の講義も終わり、帰ろうとしていた矢先に、教授に呼び出しを食らった。
内容は、提出書類の不備だとかで、簡単に終わるからとその場で訂正することになったが、これが罠だった。予想を大幅に越して一時間ほどの時間を使わされた。
午後六時。
俺はいつものように買い物をしようと、いつものスーパーに立ち寄った。
これでも、自炊はする方だった。
大きな買い物は先週済ませてあったから、今日はそんなに大した量ではない。
しかし、今日は逃してはならない卵の特売セールだったため、逃すわけにはいかなかった。
いやもう、本当に卵は料理の命。
そんなこんなで吟味しながら買い物を終えたころには時刻は午後の七時に迫っていた。
くそっ、あの教授余計な話ばっかしやがって……。
そんな恨み言を呟きながら俺は家路を急いでいた。
この季節の七時はまだまだ暗い。それに、これ以上遅くなると夕飯も遅くなってしまう。
そんな主婦みたいな事を俺は考えていた。
これから起きることなど露知らず――。
普段は大通りの明るい道を通って帰宅していたが、今日は遅くなってしまったため、近道のある、裏路地を通ることにした。
少し、汚い道だからあんまり使いたくなかったが、仕方ない。
その道に近づくと一気に辺りから明かりがなくなる。
人通りもなく、とても不気味に感じられた。
そんな気を紛らわすように空を伺えば、端の方だけがほのかに明るく色づき、こちらは完全に闇と化していた。
そして、とうとう裏路地のある曲り角に差し掛かった。
そんな時、ドスっと鈍い音がするのが聞こえた。
こんな道に誰か人がいるだけでも不気味だ。誰か飲んだくれが倒れているのだろう。
俺は、そんな風に思いながらその曲り角を曲がった。
その先の光景を見て、俺は絶句した。
一瞬、何が起きてるか分からなくて思考が停止してしまうくらいその光景が異常だった。
今にも消灯しそうな街灯が点滅しながら、仁王立ちでたたずむ少女を怪しく照らしていた。ただそれだけならよかった。それだけなら、ただただ絵になる光景で済んだ。
だが、その廃れた街灯は見えなくても良いものまでも照らしてしまった。
その少女の手に握られていたナイフを。そのナイフから滴り落ちる鮮血を。少女の前でぐったりと倒れこむ男性を。その男性の腹部から流れ出すドス黒い血を。そして、妖美な笑みを浮かべる彼女の表情を――。
その街灯は、鮮明に照らしあげた。
そう、俺は殺人現場に遭遇してしまったのだ。
どうする?彼女はまだこちらに気付いていない。このまま、静かに後ずさりすれば大丈夫か?バレたら間違いなく殺される。大丈夫だ。ヤバイ。音を立てなければ、このまま見て見ぬふりをしていれば大丈夫。本当にそうか?そもそも何でこんなところで?何で今日に限って?死にたくない。怖い。警察に電話しなくちゃ?こういう時はどうすれば良いんだ。110番?119番?いや、まずは自分の身の安全か?あの人は生きているのか?死んでいるのか?このまま。このまま本気で逃げれば、逃げ切れるか?そして逃げ切れれば、後は警察に事と次第を説明すれば、俺は助かる?いや、ヤバイ。ヤバすぎる。死にたくない……
人は、過度な恐怖や、それに類する局面に遭遇した時、思考が定まらずに体が硬直してしまうようだ。俺は、萎縮してその場から動けなくなってしまった。
街灯は、点滅を繰り返した後に、力を振り絞るように光を増した。
その時ようやく、彼女の表情が、彼女の姿が、その全貌が映し出された。そして、その時にはもう手遅れだった。
何が手遅れだ、と思うだろう。でも、確かにもう手遅れであった。何故なら、この瞬間、俺の脳裏を占領していたのは、現場の死体でも、今も流れ続ける血でも、彼女の持つナイフでもなかったから。
今、鮮烈に脳裏を焼き尽くしているのは、彼女の姿だけだ。
俺は今、強烈に彼女に惹かれていた。
こんなにも、異常を異常で塗り固めたような異常以上の状況下であるのにも関わらず。
彼女のことを綺麗だと思っている。儚さまで感じている。
俺は、この感情の名前も、この現象の名前も知っている。
俺がずっと知りたかったはずのもの。求め続けていたいたはずのもの。
そう、俺はこの殺人犯に一目惚れをしたのだった――。
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