第9話 力

 いいところでテストを切り上げられた大地は、椿に文句を言う。


「何だよ。どうせなら最後までやらせてくれたっていいだろ」

特別製こいつ一体にかかるコストと労力は、訓練用の比ではないからな。君のスペックを充分に把握できた以上、いたずらに損耗させるのは合理的ではない」


 確かに、こいつら一体にかかるコストは相当高そうだと思う。

 それを九体もぶっ壊したとなると、金額にしていくらになりそうなのか想像して……考えるのをやめた。

 ただ《ディバイン・リベリオン》の資金力が半端ないということだけは、十二分に理解することができた。


「しっかしすっげぇな。生体サイボーグの力は」

「ああ。わたしも少々驚いている」


 予想外の返答に、大地は眉をひそめる。


「まさかとぁ思うが、実は生体サイボーグ化手術が成功したのは、オレが初めてでしたとかってオチじゃねぇだろうな?」

「そんなオチはないから安心しろ。単純に君のスペックが、過去に生体サイボーグ化手術を施した二人よりも高い数値を叩き出したというだけの話だ。純粋に鍛え方が違うのか、それとも君の身体が生体サイボーグに適していたのか……理由の方は定かではないがな」

「いや、理由ははっきりしてるだろ」


 断言する大地。

 椿は興味深そうに片眉を上げると、無言で続きを言うよう催促してきたので、ドヤ顔で答えてあげた。


「そりゃ勿論、オレとオマエの愛の力だ」

「……………………………………馬鹿も休み休み言え」


 やけに長い沈黙を挟んでから、澄まし顔で一蹴する。

 もっとも、やけに赤くなっている両耳が、彼女が内心どれだけ動揺したのかをこれでもかと物語っているが。


 昔からそうだが、こういった場面に直面した際、椿自身は完璧に取り繕えたと思っていそうなところが心底かわいいと大地は思う。


「まぁとにかく、こんだけの力がありゃ、あのアンブレイカーもぶっ倒せる……いや、互角に戦える……いや、食い下がることができるかもしれねぇな」


 段々物言いが弱気になっていったのは、粗暴な言動とは裏腹の冷静な思考が、彼我の戦力差を客観的に分析した結果だった。


「……オーガ」

「なんだ?」


 と聞き返したところで、椿の表情に陰が落ちていることに気づき、息を呑みそうになる。


「君は、アンブレイカーを倒したいのか?」

「ああ。あの野郎は九宝院のおじさんとおばさんが死んだ原因をつくり、オマエを泣かせた。おまけに前の任務であの野郎に、セブンダチデストロイヤ上司も仲間も殺されたからな。ぶっ倒さねぇ理由がねぇよ」

「その気持ちは本当に嬉しいが……正直やめてほしいという気持ちも……ある」


 普段ならば即座に「なんでだ?」と問い詰めていたところだったが、椿の表情に落ちる陰がますます濃くなっていたせいで、何も言葉を返すことができなかった。


「先程わたしは、過去に二人、生体サイボーグ化手術を施したと言ったな?」

「あぁ」

「その二人は任務中にアンブレイカーと戦闘になり……命を落とした。確かに、生体サイボーグ化手術はアンブレイカーを倒すために考案したものだが……現実は、まるで奴に届いていない。わたしの力が足りないせいで、君が死んでしまうことが…………正直、すごく、恐い」


 言葉どおり恐くて体が震えているのか、自身の肩を抱く椿を見て大地は思う。

 こういうところは相変わらずだな――と。


 つっけんどんとした物言いや態度で誤魔化しているだけで、椿が本質的に臆病な人間であることを大地は知っていた。

 だからこそ、椿に心配してもらえた嬉しさよりも、椿に「恐い」と言わせてしまった自分の弱さが腹立たしくて仕方なかった。


 エネミーにしろヒーローにしろ、一線級の実力者たちは総じて人智を超えている。

 生まれつきか、突然変異か、神にも似た存在に力を授かったかして、超常の力を身につけている。


 そんな連中が織り成す戦場に飛び込めるのは、同じように人間をやめた人間か、別の星、別の世界の人間のみ。

 どれだけ身体を鍛えても、パワードスーツで補強しても、ただの人間にすぎない大地が彼らに勝てる道理はない。


 だが、


(そんな道理は、オレには関係ねぇ)


 椿がそこにいる。だから悪の組織ディバイン・リベリオンに入った。


 椿を泣かせた。だからアンブレイカーはぶっ倒す。


 大地が戦うのは、あくまでもどこまでも椿のため。


 勝てる勝てないなどという、くだらない道理のためじゃない。


(とはいえだ。オレが弱いせいで、椿に余計な心配をさせたり、悲しませたりするのはよろしくねぇ)


 だから紡ぐ。

 椿の陰を振り払う言葉を。


「だったら、今までどおりでいいじゃねぇか」

「今まで、どおり?」


 きょとんとした顔で問い返す椿に、「そうだ」と頷き返す。


「オマエが考えて、造って、オレが試して、意見を言う。そこからオマエがまた考えて、造って……って感じで、アホほど試行錯誤を繰り返すのがオレたちだったろ? オマエの力だけじゃ足りねぇってんなら、オレの力も貸してやるよ」

「言いたいことはわかるが……わたしも君も昔とは違う。今までどおりにやって上手くいくとは限らない」

「かもな」


 あっさりと卓袱台ちゃぶだいを返したことに驚いたのか、椿の目が丸くなる。


「けどよ、別に昔と違うってことは悪い意味でもねぇだろ。たとえばこの施設とか、さすがに九宝院財閥が健在だったとしても、そう簡単に用意できるもんじゃねぇよな?」

「それは……そのとおりだが」

「それにオマエ、グランドマスターのことは尊敬してるって言ってたよな? つうことは、そのグランドマスターがトップを務めている《ディバイン・リベリオン》って組織は、それだけ信頼に足る組織だってことになるよな?」


 実際、デストロイヤのおっさんは信頼できるおとこだったしな――とは、さすがに声には出さなかった。

 故人の名を出したら、椿の顔にまた余計な陰が落ちる。


「それも……そのとおりだ」

「だったら、オレの力だけじゃねぇ。もっと組織の力を借りりゃいい。そんでもって、まるっとその力をオレにくれりゃ、アンブレイカーなんざ一撃ワンパンでぶっ倒してやるよ」


 立てた親指を自分に向け、断言する。

 一方椿は、ますますきょとんした顔をしていたが、


「…………ぷっ」


 たまらずといった風情で噴き出し、


「ふふ……っ……あはははっ。力を貸してやると言っておきながら、最後に言うことは力をオレによこせって……っ」


 余程ツボに嵌まったのか、腹を抱えて笑い出した。

 暴論を言っている自覚はあったが、まさかこんなにも笑われるとは思ってもいなかった。 久しぶりに微笑ではない笑顔が見られたことは嬉しいが、それでも、ここまで笑われるのは釈然としないものがある。


「さすがにちょっと笑いすぎだろ」


 ため息混じりに抗議すると、椿が目尻の涙を拭いながら「すまないすまない」と謝ってくる。


「だが君自身、無茶苦茶のことを言っている自覚はあっただろう?」


 否定はできないので、露骨に目を逸らすことにした。

 またちょっとだけ椿が笑っているのが、視界の端で見て取れた。


「しかし……そうだな。案としては確かに悪くない。わたし個人の発想だけでは行き詰まっていたのも確かだからな」

「なら早速意見させてもらうが、今のオレがパワードスーツを着たら、まさしく鬼に金棒じゃ――」

「却下だ」

「即答かよ!?」

「パワードスーツは装備者の動きに合わせて力を補助する仕組みになっている。生体サイボーグになった君の動きについていけるほどの性能はないから、かえって動きの妨げになるだけだ。防御面においても、今の君の体はパワードスーツよりも数段強固になっている。装備する意味はないに等しいよ」

「だったら補助機能を除外オミットして、防御面は硬さじゃなくて衝撃を吸収する方向で伸ばせば――……」



 ◇ ◇ ◇



 テストルームのすぐ傍にあるモニタールームで、グランドマスターとダークナイトは、真剣ながらもどこか楽しげに議論する椿カーミリア大地オーガの様子を眺めていた。


 三幹部の一人であるデストロイヤが倒れた今、組織として戦力の増強は喫緊の課題だ。

 ゆえに、過去二度ただの戦闘員を劇的にパワーアップさせた生体サイボーグ化手術をカーミリアが行なったことを聞きつけた二人は、彼女に無理を言って、生体サイボーグ化したオーガの力をこの目で確かめさせてもらうことにしたのだ。


「ダークナイト。其方そなたはオーガの仕上がりをどう見る?」

「デストロイヤが抜けた穴を埋めるには些か足りぬが、それでも、戦力としては申し分ないかと。カーミリアが言ったとおり、過去に生体サイボーグとなった二人よりも明らかに強い」

「ならば、次の任務では其方そなたの下につけても構わんな?」

「構わぬ。戦力としては言わずもがな、気概においても評価に値する戦士であることは疑いようがないからな。ただ……」


 ダークナイトの鋭い金眼に、モニター越しで楽しそうにしているカーミリアの姿が映る。


「愚生個人としては、あの男……少々気に入らぬ」


 それだけで察したグランドマスターの目に、稚気にも似たからかうような光が宿る。


「カーミリアが、オーガの前では我々には見せたことがない顔をしておるからか?」


 答えは返ってこなかった。

 だがグランドマスターにしてみれば、この沈黙こそが何よりの答えだった。


「デストロイヤもそうじゃったが、其方そなたといいカーミリアといい、三幹部は不器用揃いじゃのう」

「貴方にだけは、不器用呼ばわりされるいわれはない」

「じゃろうな。器用に立ち回れるような人間ならば、組織そのものに悪などというレッテルを貼られるわけがないからのう」


 不敵に笑むグランドマスターに、ダークナイトは小さくため息をつく。


「ところで、あと何本〝釘〟を刺せば、審判計画を最終段階に進められる?」

聖光脈せいこうみゃくの具合からして、おそらくはあと二本といったところじゃな」

「もう一息というわけか。ならばその時がくるまで、愚生も精々精進を重ねるとしよう」

 その言葉を最後にダークナイトは踵を返し、モニタールームから去っていく。

 一方グランドマスターは、モニターに映るカーミリアとオーガを眩しそうに見守っていた。

 その佇まいはおよそエネミーとは思えないほどに、慈しみに満ちていた。

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