第7話 海形大地・2
四年前。
アンブレイカーが一躍して日本のトップヒーローの一人に数えられるようになった、《プルガトリオ》との決戦が終わった後のことは、あまりにも目まぐるしすぎて大地もよくは憶えていない。
ただ、戦いに巻き込まれて亡くなった九宝院夫妻の葬儀が執り行なわれている間、椿が一滴の涙も流さなかったことは、はっきりと憶えていた。
それ以外にも、もう二つ。
葬儀の場に多忙であるはずのアンブレイカーが現れ、謝罪も言い訳も言わずに甘んじて非難を受けながらも、黙々と夫妻を弔ったことと、椿がただ黙ってアンブレイカーを睨んでいたことも、はっきりと憶えていた。
後で知ったことだが、アンブレイカーは戦いに巻き込まれて亡くなった全ての人たちのもとを訪れ、黙祷を捧げたという話だった。
勿論、遺族の悲しみと怒りを真っ正面から受け止めた上で、である。
当時から〝鋼のヒーロー〟と呼ばれていたアンブレイカーのことを、体だけじゃなくて心も鋼でできているらしいと揶揄する輩が出てきても構わずに。
九宝院夫妻の遺体が火葬され、四九日に合わせて納骨された時も、やはり椿は一滴の涙も流すことはなかった。
絶対に無理をしている――そうとわかっていても、当の椿が九宝院財閥の跡取り問題のゴタゴタで身動きがとれず、その影響によるものなのか、夫妻の善意で運営していた希望の園が取り潰しになるかもしれないというゴタゴタで大地も身動きがとれず、なかなか二人で会う機会をつくることができなかった。
椿が、大地の前から姿を消す前日までは。
その日大地は椿から誘いを受けて、二人だけで九宝院夫妻の墓参りに向かった。
いざ会ってみると何と言葉をかければいいのかわからず、道中も、墓参り中も、会話らしい会話を交わすことはなかった。
だからだろうか。
夫妻に冥福を祈り、墓参りを済ませた後、椿の方から大地に話しかけてきたのは。
「大地……すまないが、少し背中を貸してくれないか」
よくわからないお願いに大地は眉をひそめるも、ようやく椿が頼ってくれたのに無下にするわけにはいかないと思ったので、言われたとおりに背中を差し出した。
すると、
「……!?」
突然椿が背中に縋りついてきて、さしもの大地も心臓が飛び跳ねそうになる。
密着した箇所から彼女の体温がじんわりと拡がっていき、跳び跳ねかけた心臓が今度はうるさいくらいに脈打ち始める。が、そんな風に浮かれていられたのは最初だけだった。
「…………っっ」
背後から、
泣いているのだ。椿が。
今まで我慢していたものを溢れ出させるように。
それでもなお我慢しようと嗚咽を押し殺して。
背中越しとはいえ、誰にも見せようとしなかった弱さを自分だけに見せてくれたことは嬉しい。
けれど、それ以上に、こうやってただ背中を貸しているだけで椿の涙を拭ってもやれない自分の無力さが、情けなくて仕方なかった。
しばらくして――
「すまない……もう大丈夫だ」
椿は、ゆっくりと体を離していく。
大地も、ゆっくりと振り返る。
「ありがとう、大地。何も言わずに付き合ってくれて」
「礼なんて言うなよ。オレにできることなんて、こんくらいが精々なんだからよ」
「君にとっては『こんくらい』かもしれないが、わたしにとっては充分すぎるよ。
「オマエ、そりゃいったいどうい――」
「それからもう一つ君に……いや、
言葉を遮るように言われたせいか、なんとなく誤魔化された気もするが、泣き腫らした目で見つめられては無理に問い質すこともできなかったので、「なんだ?」と続きを話すよう促した。
「希望の園についてだが……すまない。色々と手を尽くしたが、取り潰す流れを食い止めることができなかった。……本当に、すまない」
深々と頭を下げる椿を前に、大地は言葉を失ってしまう。
大地にとっての家が、〝家族〟がいる希望の園が、潰れる。
前々からそうなるかもしれないということは何度も聞かされていたが、それでも、どうしても、その事実を受け入れることができなかった。
「な、んで……なんでッ、オレたちの家が潰れなきゃならねぇんだよ……!?」
「九宝院財閥に寄生している奴ら曰く、父様と母様がエネミーに堕ちた人たちの肩を持ったせいで世間から無用なバッシングを受けているから、二人が行なった事業を全て潰すことで世間に許しを請おうというのが建前らしい。真意の方は……知りたくもないな」
赤くなった目を憎悪で濁らせながら、憎々しげに吐き捨てる。
九宝院夫妻が具体的にどういう形でエネミーの肩を持っていたのかは、当時の大地は知らなかったが、無用なバッシングについては、それこそ嫌というほどに知っていた。
なぜなら希望の園も、そのことで少なからず嫌がらせを受けていたから。
ネット上でも、九宝院夫妻が死んだのはエネミーの肩を持った罰だとほざく心ない輩がいることを、この目で見ていたから。
しかし、理解ができたのはそれだけだった。
それ以外の話は、欠片ほども理解できなかった。
「なんだよそれ……! んなワケわかんねぇ理屈で、オレたちの家が潰されるってのかよ……!」
後に大地は、この時のことを大いに後悔することになる。
家を、〝家族〟を失うという、あまりにも理不尽な出来事を前に自分のことしか見えなくなってしまったせいで、椿がこの時この瞬間に、
その翌日、椿は大地の前から姿を消した。
そして希望の園は取り潰しになり、大地の〝家族〟は散り散りになった。
ある意味ではそうなった原因とも言える社会への反発もあってか、警察如きに姿を消した椿を見つけられるわけがないという確信もあってか。
多くの〝家族〟が全国各地の児童養護施設に転所する中、大地は一人、姿を消した椿を捜すために自ら進んで路頭に迷った。
その際に思い知ったのは、自分がどうしようもないほどにガキだったことと、社会という存在が、その枠組みから外れた者に対しては無慈悲なまでに残酷だというクソみたいな現実だった。
中学二年の大地がたいした金を持っているわけがなく、椿を捜し始めてからほどなくして所持金が底をついた。
日雇いのバイトで日銭を稼ぐことを考えるも、家も身元保証人もない子供を雇ってくれるところはどこにもなかった。
九宝院夫妻のような、困窮する子供に救いの手を差し伸べてくれる大人は一人も現れず、いよいよ食う物に困った大地は、泥棒や万引きといった犯罪に手を染めるようになった。
犯罪に手を染めたことで、ますます大地は社会という枠組みから外れていき……瞬く間に、
椿を捜すために自ら進んで転げ落ちた以上、そのことについて社会を恨むつもりは毛頭ない。
けれど、こうも
それどころか、一度
九宝院夫妻という善意の塊のような人たちが、
それから大地は
《ディバイン・リベリオン》に、
そして――
大地はあらゆる手を尽くして、《ディバイン・リベリオン》に入ったのであった。
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