第48話:兄の戸惑い①
「……ということだったんだが、どう思う?」
「ミュンちゃん凄い!」
「きゃー」
迷うことなくミュンへと抱き着き、まるで自分のことのようにリンが喜ぶ。昼間の残りである木の実を口の中で転がしながら、頬ずりしてくるリンにたいしてくすぐったそうにするミュン。
あの後ミュンと一緒に森の中を探索しながら得た収穫物は、俺たちが移動しながら収集できる食料の一日分を遥かに凌駕していた。
キノコに野草、木の実、果物……今まで食べたことある食材について俺が尋ねると、ミュンは次々と指さしてあっという間に発見してしまう。流石にいくつかは発見できなかったものもあったが、恐らくだがそれはこの付近にはないものだろう。
しかし、かなりの範囲を探し出すことが可能なようだ。中には数分かかって歩いた先の物まで言い当てることがあった。
俺は夕食を食べながら、判明したミュンの能力を説明していた。にわかには信じがたい話だが、実際の収穫物をこうして目の当たりにしては納得せざるを得ない。
ミュンは喜び、フェイリオは驚愕に食事をとる手が止まっていた。
「フェイリオは知らなかったのか?」
兄妹なのだから、詳細までは知らなくても心当たりになるようなことはあったのではないだろうか。そう思い尋ねるが、フェイリオは首を横に振った。
「全く知りませんでした。コイツにそんな能力が……」
フェイリオはなぜかミュンに対して厳しい視線を向ける。ずっとミュンが周りに迷惑をかけていたのを疎んでいた彼ならば、今回のことを喜ばしく思うのではないかと期待したのだが、それは的外れだったらしい。
彼が久しぶりに自分の妹に向けた目は、変わらず疎んじるようであり、むしろ悪化しているように見える。そこには憎悪が込められているようですらある。
兄にそんな視線を向けられたミュンは、しかし全くたじろぐことも無かった。それどころか真っ直ぐに見返して、じーっと何かを伝えるかのようにお互いの視線を交錯させていた。
俺とリンの間に緊張が走る。今までにない雰囲気で、一体どうなってしまうのか想像もつかない。
やがてすっくと立ちあがったミュンが、座るフェイリオの前にしゃがみ込み、その顔を覗きこんだ。
「兄様……ミュン、凄い?」
「……っ」
聞かれた途端、今度はフェイリオの方が立ち上がり激しくミュンを睨みつけた。再び兄妹は視線をぶつけ合って、まるで一触即発である。
何なんだ、これは一体どういうやり取りなんだ?
俺には二人の感情が分からなかった。
震える唇で、フェイリオが吐き捨ているように言う。
「獣神様もリン様も、言っていただろう。満足だろうが」
「……」
兄の言葉に納得がいっていないのか、ミュンは黙ったままフェイリオから視線を外そうとしない。
そこに口をはさんだのはリンだ。
「ミュンちゃんは、お兄ちゃんの気持ちが知りたいんじゃない?」
「ん……」
ミュンが頷き、フェイリオを見上げる。
「俺は……っ!」
しかし、とうとうフェイリオはミュンから顔をそらし、背中を向けると、どこかへ歩き始めてしまった。
その先にあるのは、日も暮れて暗黒に染まりゆく夜の森である。一人で行ってしまうのは危険だ。
「おいフェイリオ!」
「獣神様……少し頭を冷やしてきます、お許しください!」
そう言って、結局フェイリオは森の中に消えて行ってしまった。
フェイリオは並みの魔物には負けたりしないし大丈夫だと思うが……どうしたもんだろうか。
「ルー……行った方がよくない?」
「どうなんだろうな」
振り向くと、リンは呆然と立ち尽くしているミュンの肩を抱くようにしてその体を支えていた。
リンの言うことも分かるのだが、俺には今のフェイリオの気持ちが分からず、どうしても一歩を踏み出せずにいた。
「あいつも今は放っておいてもらいたいんじゃないか? 一人になりたい時だってあるだろ」
だからこんな、日和った言葉が口を突いて出るのかもしれない。
頼りない俺の言葉を受け、細められたリンの視線は、そんな内心の中途半端な気持ちを見事に見通してしまっているようだった。
「本当にそう思ってるの」
「う、いや……」
ツカツカとにじり寄ってきたリンと至近距離で見つめ合う。俺の手を取り、自分の胸元へと無理やりに寄せた。
「おいっ……」
「私は、もうずっと不安な気持ちは無くなっちゃった。ルーがいてくれるから。一人じゃないって確信できるから」
「……」
「ルーは?」
俺の方だって……。
足元がふらつくようあの感覚はとうに昔の話だ。
この世界で目覚めてからしばらくはあったはずの、自分の存在に対する不安・疑問・恐怖。握られた手のひらから伝わってくる暖かさがそれを消してくれた。
「俺だってそうだよ」
答える。と、同時に迷いが晴れる。
フェイリオの気持ちなど分からない。彼ら兄妹にどのような事情があるかなんて知りようがない。
だけどだからと言って、行動しない理由にはならない。
「行くか」
「うん」
リンは頷き、俺から手を離すとミュンの前へとしゃがみ込んだ。自分よりも目線が下に来たリンの顔を少女が見つめる。
「お兄ちゃんを迎えに行こう」
「……」
黙って首を横に振る少女の手を、リンがそっと握る。
「ミュンちゃん……」
「……やー」
リンが声をかけても、ミュンは頑なに首を振り続けた。
それも無理はないのかもしれない。あれだけの拒絶を示されてしまっては、心が折れてしまっても仕方がない。
しかしそれでも、ミュンを一人この場に置いて行くわけにはいかない。だから、俺もリンの横に並んで座り、ミュンの顔を覗きこんだ。
「ミュン、行くぞ」
「兄様は……」
「ミュンちゃん?」
首を振るのをやめ、ミュンが呟いた。聞き逃さないよう、俺もリンも顔をいっそう近づける。
「兄様は、ミュンが嫌いなの……」
リンと顔を見合わせる。
これは参った。
俺にはもう、ミュンにかけてやる言葉なんて全く浮かびそうにもなかった。
だって、ミュンの言葉を否定できない。
二人のやり取りをずっと見てきて、「そんなことない」だなんて、あまりにいい加減すぎる気がしてどうしても俺は言う気にはなれなかった。
これはもう、無理やりにでも連れて行くしかないのかもしれない。そういう意思を込めてリンを見る。
リンは口を噤み、俺から視線をそらし、それから力強くミュンへと言葉をかけた。
「そんなことないよ」
ビックリした。よくもまあ、そんなことが言える。
びくりと肩を震わして、ミュンが縋るようにリンを見上げた。
「ほんと……?」
「ミュンちゃんのことを嫌いになるなんて、そんなわけないじゃない。ねえ、ルー!」
「はあ!? いや、ちょっ」
急にリンが話を振るから、ミュンが今度はこっちを見てしまった。
「ルー様?」
そんな目で見られたって困ってしまう。ここでいい加減なことを言ったって、いたずらにミュンを傷つけるだけなんじゃないかと思う。
だがそれは、今ここでリンの言葉を否定してしまったって同じことだろう。ミュンから希望を取り上げて、彼女の心に傷をつけることになるのはどっちにしたって同じだ。
どうせ同じなら、まだ可能性のある方を取るしかないじゃないか。
「~~! ふ、フェイリオはきっと恥ずかしかったんだよ、だから今度こそ褒めに行ってもらうぞ!」
「ふわー!」
勢いのまま、ミュンの体を持ち上げる。俺の腕にしがみつく少女の手の力は、驚くほど強い。
「ありがとう、ルー」
「いい加減すぎないか、いくら何でも……」
今は良いかもしれないが、正直ミュンとフェイリオを鉢合わせるのが今から怖い。
俺は今、とんでもない失態を犯しているのではないか。そんな気がして、冷や汗が止まらない。
狼狽える俺を見て、リンは笑った。
「いい加減かどうかはまだ分からないでしょ?」
それはまた、ずいぶん勝率の低そうな賭けだ。
フェイリオの気配を追いながら、暗闇の中へと入っていく。ポッカリと口を開けた深淵は、「今からでも引き返せ」と俺に語り掛けているような気がしてならなかった。
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