第46話:妹の奮起①
深い森の中、道なき道を行く最中は、歩みを進める以外にやることがないのかといえば実はそんなことはない。同時進行で、俺たちはこの寄る辺のない森の中で生き残るために様々な面倒をこなす必要があった。
まずは魔物との戦闘。ひっきりなしに遭遇しては問答無用で襲い掛かってくる非常に厄介な存在である。
倒せばスキルを得られるため、俺にとっては良いことと言えば良いことなのだが、ここ最近ではレベルアップの頻度があまりに乏しくなってきたため少々飽食気味である。倒せど倒せど、碌にスキルを得ることができない。恐らく経験値としては積み重ねられているのだろうが、実際に体感として得られるものがないためいまいちモチベーションの向上につながらなかった。
戦闘になるたび、足を止めさせられるのも厄介に感じる理由の一つだ。何か弱い魔物を一掃できる方法でも得られるといいのだが。
奴隷商の兵士たちが使っていた火魔法とか欲しかったなあ。自滅させてしまったのは失敗だったと、今更後悔が募る。
次に水や薪など物資の確保。そして食材の調達である。ガレの村から出立する際に餞別としてそれなりの量の食材や物資をもらってきているとはいえ、無計画に使いまくっていてはいずれ底をついてしまう。そのため、移動中にも常にアンテナを張り、これらの確保に勤しむ必要があった。
これが結構な手間で、なにげに神経を使うために結構疲れる。
リンは食べれる木の実や野草の知識が豊富なため、それを見つけ次第収集する役割を担った。時には彼女の手の届かない位置に実っているものもあるため、その時は俺やフェイリオがそれを取りに行くこともあった。
俺は常に聴覚を研ぎ澄ませ、水辺を発見したり、近くにいる動物を察知したりする役割を担った。
水辺を見つけることは重要だ。水を仕入れ、汚れた衣類や体を洗ったりするのに池や川は重宝した。
また食料となる動物は、こちらを見つけたら離れていくという魔物とは正反対の性質を持つため、こちらの方が先にその存在を察知する必要があり、これまた神経を使った。動物と魔物が逆だったらいいのにと何回思ったか分からない。
フェイリオは、常に俺やリンのサポートに回ってくれていた。痒い所に手が届く用に常に控えてくれているので、正直かなりありがたい存在だ。「俺たちの役に立つために着いてきた」というその言葉は本気なのだということが、この数日で既にひしひしと伝わってきていた。
そんなこんなで俺たちは、各々が連携を取りながら少しづつではあるがリンの故郷に向けての歩みを進めているのであった。
今日はかなり大型の動物を狩ることができた。ちょうど昼時に川原を見つけることもでき、ここ数日の中では珍しくちょっとした憩いの時間になりそうだ。
「それじゃあ、ルーたちは火をおこしといてもらえる?」
「あいよ」
ガレの村からもらってきた調理器具を広げながら、リンはやる気満々だった。ガレの村に滞在したのはほんの数日だったが、その間にオプール母から料理のことを色々と教わったらしい。
鉄板に鍋、包丁、まな板、そのほかにもいくつかの皿と小瓶。それらを作業台の上に食材と並べて指差ししながら確認する様子はずいぶんと楽しそうだ。
ちなみにこれらの道具も全て俺の影の中に入れて持ち運んできたものだ。魔法というものは本当に便利である。
なのに、モーディに聞いた限りでは獣人で魔法を使えるものはほとんどいないらしい。
『人間の中でも、全員が使える訳ではなかったようだよ。「資質」が無いと使えないのだと彼らは言っていた』
過去を話す中で、少しばかりモーディは人間の「力」について触れた。だが、一時期を人間社会で過ごした彼女にとっても、人間の力には謎が多いようだった。
最近俺は、人間が持つ「魔法」や「スキル」を手に入れたい思ってしまうことが多々あった。これはもしかしなくても、獣人としては異常な思想だろう。
しかし、どうしても考えてしまう。今この時、人間の力さえあれば……!
「ああっ!? フェイリオ、お前また火種逃しやがって!! 人がどれだけ苦労したと……っ!」
「も、申し訳ありません! 風が、風が!」
ガレの村からもらってきた火付けの道具をもってしても、初めの火を起こすのは一苦労である。
早くしないと料理の準備を終えたリンに「まだ付いてないの!?」とどやされること請け合いである。俺は急く気持ちを何とか抑えながら、また火種を起こすために火付け機の弓を回した。
あーもう! 火魔法マジで手に入れときゃ良かった!
その後、何とかリンが鍋の準備を終えるまでに火を起こすことができた俺たちは、川辺で鍋から漂ってくる美味そうな匂いにお腹を鳴らしていた。
リンがもう何度目か、鍋のふたを開けて中の様子を確認する。その度にお預けを食らっていた俺たちだったが、鍋のふたを置いたリンが得心の笑みを浮かべたことにより、本日の昼食が開始となった。
今日の献立は、動物の肉と香草とキノコを煮た鍋、そして焼いた木の実である。食材は全て森の中を歩きながら採集したものだが、調味料はガレの村からもらってきたものを使用しており、鍋からはこうばしい香りが湯気とともに立ち込めてきている。
それぞれの分を皿に盛り、早速鍋にありつく。思わず声が出た。
「美味いな! 村から出発して以来の味だ。凄いなリン」
「えへへ……! そ、そうかな?」
「非常に美味です。流石ですリン様」
「ええー? ありがと! でもフェイリオ、様付けはやめてって」
リンが分かりやすく顔を赤くしながら、尻尾をぶんぶん振っていた。耳もピコピコと揺れ、感情丸出しである。
いやでも本当にうまい。森の中の移動は常に生き残るために神経を張り詰めている必要があるため、こういう食の喜びというのは非常に大きい。
「この草とキノコもいいな。肉だけで食べるよりもずっと美味しく感じる」
「でしょでしょ! このハーブは肉と一緒に煮込むと、うま味をグッと引き立てるのよ! それに……」
自慢げに料理の紹介をしながらリンは木の実の方を掲げた。
「木の実の方はただ炒めただけだけど、苦みがとんで生より絶対美味しいわよ。少しは保存もきくから、今全部食べないでいいし。」
「移動しながらも食べられるのよ」と締めくくったリンの言葉に、俺もフェイリオも大げさに感嘆した。それぐらい、久々に食べたまともなご飯に俺たちは気分が上がっていたのである。
そんな中で、ずっと喋らずにもそもそと料理を食べている小さな少女へと、リンは目線を低くして声をかけた。
「ミュンちゃんも、頑張ったもんね? 美味しいね!」
「ん……」
元気づけるようなリンの言葉にも、小さく返事をするだけでまた下を向いてしまうミュン。明らかに元気がない。
それもそのはず。ここ最近のミュンはずっと空回りしっぱなしだったのだ。
全員列になって進んでいるはずなのに、なぜかよくミュンは一人はぐれて迷子になった。その度に俺たちは後戻りし、迷子になったミュンを探し回るために時間を労した。
食料を採集する際にも、ミュンは頻繁にどこかにいなくなった。その都度採集を中止して捜索に充てるせいで、能率は落ちっぱなしである。
旅に連れて行くと決めた以上見捨てるようなことはしないし、ミュンは幼いから仕方ないのだと自分に言い聞かせるようにはしているが、正直手を焼いてしまっていた。小さな子供というのが、ここまで予測不能かつ制御不能なものだとは流石に予想外だったのだ。
そして俺以上にミュンの振る舞いに憤りを感じている男がいる。
「……ただ木の実を砕いただけでしょう。魚もさばけず、食材を運ぶことすらできないとは」
「おい、フェイリオ」
フェイリオが毒づいたように、ミュンはリンの手伝いを買って出たのだが、それすら上手くこなすことはできなかった。
魚の処理に手間取って何度も地面に落としたり、食材を運ぶ最中に躓いて地面にぶちまけたり……。
ミュンにはことごとく甘いリンも流石に看過しきれなかったのか、最終的にはミュンに、ひたすら木の実を砕き殻を取り除くという仕事を彼女は与えた。
「ちょっとフェイリオ、そんな言い方……」
リンの方もミュンを厄介払いするように扱ってしまった自覚はあるのか、フェイリオに言い返す語気は普段よりも弱弱しかった。それを敏感に察知したのか、とうとう食べる手すら止めたミュンが鼻をすすり始めた。
「グスッ……う、うーっ、うぐッ」
「……泣いたか。申し訳ありません、せっかくの素晴らしい料理に水を差すような真似を」
深々と頭を下げるフェイリオ。獣人兄妹がそろってその頭を垂れる格好となるが、その意味するところが全く違っているところが、この兄妹の断絶を体現しているようだ。
「え……う、ううん」
そのような態度に出られてしまっては、リンもそれ以上言うことはできずに矛を収めざるを得なかった。
そして最後に残ったのは、誰一人喋ることなく鍋をすする音だけが響き渡る無機質な空間だけだった。さっきまであんなに美味しく感じた料理が、急に味気なく感じてしまう。
「あのさ」
このままではいけない。俺は耐えきれずに声を上げた。
リンもフェイリオも顔を上げこちらを見た。だが、俺が最も顔を上げてほしい相手はその二人じゃない。
向かいに佇む、未だに肩を震わせて嗚咽を漏らしている少女へともう一度声をかけた。
「ミュン」
「ぐす……ルー様?」
やっと顔を上げたミュンの顔は、鼻水と涙でぐしゃぐしゃだった。すぐに傍らに席をずらして顔を拭うリンの手にくすぐったそうにしながら、それでもその目はしっかりと俺を捉えてくれていた。
「ミュンは何かしたいこととか、得意なこととかないのか」
「とくいなこと……」
俺は思った。この空気を変えるために必要なのは、ミュンの活躍だ。
何か分かりやすい利益や実りが無くたっていい。俺たちにとってミュンという少女を捉えるための何かが必要なのだ。
リンにとってそれは「妹」だった。だからこそ彼女はこの状況下においてなお、ミュンに対して好意的に接することができているのではないだろうか。
これらは全て予想だ。だが俺自身が、ミュンという少女の存在を捉えきるための何かを欲しているのまぎれもない事実だ。
ミュンと俺の目と目が、お互いに結びつけられたかのようにしばらく向かい合った。反応はなく、やはりダメかと俺が話を打ち切りかけた時、その口からポツリと呟きが漏れた。
「ぼう……」
「ぼう?」
発現の意味が分からず、オウム返しで尋ね返す。ミュンは一つしっかりと頷き、はっきりとした口調で告げた。
「ミュンは、真っ直ぐな棒を集めるのがとくいなのー」
「棒、か……」
棒かー。
どうしたもんか。
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