第43話:村を出る①

何だこれは、今度は一体どんな計画なんだ?


目の前で小さな女の子に棒切れを戦意むき出しで向けられているという状況に全く理解が及ばずに、俺はルーミオを見た。また彼女が企てたオプール評判下げ計画の一端だと思ったからだ。


しかし、観衆に混じったルーミオの表情も周囲が浮かべているのと同様困惑に染まっていた。あれが演技でないならば、現在の状況は彼女の意図したものではないということになる。


となるとフェイリオか?


目の前の少女の兄の姿を観衆の中探す。すると、ちょうど一人の獣人が群衆をかき分け、血相を変えてこちらに駆け込んできているところだった。


「おい、何をしている!」

「……」


兄の怒鳴るような問いかけに、妹は答えなかった。ただ口を固く結び、棒切れの先をふるふると震えさせているだけだ。


何の返事もないミュンに対し、フェイリオは早々にその腕を掴み無理やりに連れて行こうとした。


しかし、ずるずると引きずられるようにされながらもミュンは動こうとしない。


「獣神様、申し訳ありません! すぐに連れて行きますので」

「いやー! ミュンも戦うの、戦えるのー!!」


いくら意固地になったって、本気になったフェイリオの力にミュンが敵うはずもない。とうとうずっこけて、膝をすりむき、地面に這いつくばるような姿勢になってもなお、ミュンは「戦う、戦える」と訴え続けた。


やがて群衆の中に獣人の兄妹が消えていき、誰も何も言うことができず辺りは重い沈黙につつまれた。


そんな微妙に気まずい雰囲気の中、決闘騒動はお開きとなったのだった。



ルーミオの方はというと、結局その日のうちにオプールが直に話をして一応すれ違った認識は解消されたようだ。そんなすぐに済むんだったら、本当にあの騒ぎは何だったんだと思う。俺もだいぶ楽しんでしまっていたので何も言えないのだが。


そして俺とリンは、翌日の朝にガレの村を発つことにした。聞きたいことは聞けたし、十分体も心も休めることができた。戸惑うことも多かったが、色々初めての経験もできたし、何より様々な獣人と関わって楽しい時間を過ごすことができた。俺もリンも、良い気分転換になった。


うれしいことに、旅の用具をいくつかガレの村の方で都合してくれるらしく、俺たちは村の倉庫のような場所に来ていた。


「持って行きたいものがあったら言っておくれ。村を救ってくれた恩人に対して餞別は惜しまないよ」


そう言い残していったモーディの厚意に甘え、もらって行くものを見繕いながらリンと少し話をした。


この村のこと、そしてこれからのこと。


「すっごく楽しかったね! オルノーの村と雰囲気が似てて、みんな親切で……もし自由に行き来できるようになったら、また来たいなあ」

「そうだな……まともな交通手段ができて、人間と魔物の危険が無くなったらだな」


そんな日が来るのだろうかと、自分でも疑問に思う。だが、夢は語る分には自由だ。


分かれてしまった人達とは絶対にもうそれっきりだなんて、あまりにそっけなさすぎで寂しい話じゃないか。


しばしの沈黙。


「あ」と思い出したようにリンが声を上げる。


「今日のこと、ビックリしちゃった。ルー、アイツのこと本気で殴ろうとしてたんだもん」

「ああ……よく分かったよな。声、聞こえた」


俺の指摘に、なぜかリンの方が不思議そうに首を傾げた。


「何でだろう……でも、何となく分かったの『あ、ルー本気だ』って。駄目よ! ルーは凄くすっっごく強いんだから!」

「……反省してるよ」


リンの言うことに素直に頷いておく。確かにあのまま全力を出していたら、オプールにとてつもない重傷を負わせてしまう可能性があった。それを止めてくれた彼女や村長には、感謝こそあれ恨む気持ちは無い。


「ミュンちゃんたちも、どうなるんだろうね」

「さあ、あいつら次第としか言えないな」

「またそうやって、他人事みたいに冷たく言う」

「えぇ……」


だって他人事だし。


あの兄妹も何か色々と抱えていそうだが、その全てにいちいち手を出している余裕は俺にはないのだ。もし着いてくるというのならば勝手にしてくれという風に思ってはいるが、あの様子を見る限りはリンの提示した「兄妹納得しあうまで話し合って」という条件は達成できそうにないだろう。


「兄弟にもいろいろあるんだね」

「そうだなあ」


この村に来て、色々な獣人と会って、色々な過去や事情をもった獣人がいることを知った。この経験も、また何かの糧になるのだろうか。


また少し、喋らない時間が続いた。


「あ、あと……!」

「リン」


沈黙を恐れるようなその声に被せて、俺は彼女を呼び止めた。しかし、俺が言いたいことを察したのか、ひっきりなしに捲し立てる彼女の言葉は、俺に喋らせまいと遮るっているようだ。


「な、何よルー。……あはは、何か久しぶりに二人っきりだから、どうやって喋ってたか忘れちゃったみたい! あ、あのね私」

「俺は、何があったって絶対に君を故郷まで連れて行くよ」

「……っ」


彼女の狼狽が止まった。代わりに、そこかしこに落ち着きなく泳いでいた視線が、真っ直ぐこちらに固定される。


俺はその目に向かって、自分の気持ちがしっかり伝わるようにゆっくりと口を開く。


「もちろん、未開の地にはいずれ行きたいとと思う。けど……」

「あのね!!」

「リン?」

 

俺の言葉を無視して彼女は話をした。そしてそれは、俺が知りたくて、でも彼女の事情を無視しては聞けずにいた重要な情報だった。


「未開の地へは、大陸の東の端の港から行けるはずよ。だから、オルノーの村と途中まで道のりは同じ」


しかし、その情報はやはり彼女にとって……。


「ごめんねルー。私ずるいよね」

「いや……」

「でも、今この話はここまでにさせて。私まだ怖いこと、あまり考えたくないから……」

「そう、か」


俺の気持ちは彼女に伝わったのだろうか。それすら不明瞭なまま、この場で俺たちはとりあえずの道のりを決めるに留まったのだった。



その日の夕食では、オプール一家が俺たちのお別れ会を企画してくれた。


「こんなものしか用意できなくてごめんなさいね」


そう言ってオプール母が用意してくれた夕食は、俺からすれば今まで食べたもの中で一番豪華な食事だった。オプールとオプール父が狩りで取ってきてくれた鳥やイノシシなどの肉に、野菜・チーズと穀物を使った料理は、とても濃くて贅沢な味わいとともに、この家の暖かさのようなものまで感じさせてくれた。


その後部屋に戻ると、リンとオプール妹たちは口々に別れの言葉を交わしながら互いに抱き合っては涙を流し、最後の夜を惜しんでいた。


例にもれずその輪から遠巻きにそれを見ていた俺が、何となく気まずい思いをしていると、部屋の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえてきた。


ドアに一番近かった俺が立ち上がり、ドア越しに声をかける。返って来たその声色だけで、ドアの向こうにいる誰かの嬉しそうな様子が伝わって来て、俺はほおを緩めた。


「ルーかい? ちょっと今から話できないかな」


ああ、何となくやってくるような気はしていたよ。


俺はリンたちに一声かけてから、ドアを開け、その向こうに立っていたオプールと向かい合ったのだった。

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