第42話:決闘②
今度は俺から攻める番だ。
少し卑怯な気がしなくもないが、スキルをふんだんに利用させてもらう。「射撃」や「影魔法」などのいつも活躍するスキルはこの試合では使えないが、その分ふだん日の目を浴びないスキルを増分に活用させてもらうことにする。
「俊敏:3」で一気に踏み込む。さらにそこに「隠密:3」を組み合わせることで何が起こるか。
「え、へっ!?」
「まずは一発!!」
俺はあっさりとオプールの視界から消え、動揺する彼の後頭部を眺めれる位置に回り込むことができてしまった。
無防備な背中に向かって横なぎの一撃を振るう。流石に頭をかる割るのは抵抗があってできなかった。
確実に仕留めたと思った。
だが、瞬時に飛びのき背中をそらしたオプールは、何と紙一重で俺の攻撃をかわしやがった。やはりこいつ、身のこなしが格段に軽い。
「やるじゃねえ、かッ!」
「ぐげえっ!?」
エビぞりになって体制が崩れた体に、容赦なく蹴りを入れてやる。全力とはいかないまでも、「怪力:3」で底上げされている蹴りである。オプールは情けない声を上げて、飛びのいた時の勢いも合わさって蹴られた方向にぶっ飛んでいった。
倒れた先で、オプールは痛む背中をさすりながらも、何とか立ち上がり俺を視界に入れようと振り返る。
だがその先にもう俺の姿は無い。
その時既に、空中へと高く飛び上がった俺は木刀を振り上げていた。高く飛び上がった俺は、「剣術:3」によって得た無駄のない剣裁きでオプールへと切りかかる。
まさか人間から得たこの使い道のなさそうなスキルを活かせる時が来るとは思わなかった。剣などまともに使ったことがないのに、持ち方、振るい方、そして力の入れ方まで、まるで剣が自分の体の一部になったかのように違和感なく扱うことができる。
俺が重力に従って落下を始めると、ようやくこちらに気付いたオプールが木刀を構える。地面に近づいていくにつれ上がっていくスピードにのせて、木刀を思いっきり振りぬいた。
お互いの木刀が衝突する。
すると衝撃に耐えられなかったのか、オプールの木刀は刀身が、俺の木刀は持ち手が、それぞれ粉々に砕け散ってしまった。
宙に舞う木刀の破片越しに、オプールと目が合う。驚愕に目を見開く彼の瞳に映った俺は、歯をむき出しにして獰猛な笑みを浮かべていた。
ああ、俺ってこういうやつなんだよなと、頭の片隅にある妙に冷静な自分が嘆息する。
オプールの瞳越しに自分を見てしまったからこそ思う。こんな奴はやっぱり普通じゃない。
俺とオプールの表情のコントラストが、この後の展開までをも暗示していることを俺は予測してしまっていた。
きっと試合が終わった後に、俺は周りに引かれて、恐れられて、また微妙な雰囲気で終わるのだろう。
しかしそれもいいのかもしれない。そうすれば何の後腐れもなくこの村を去ることができる。
高揚する気持ちの中、妙に冷静な自分はもうそんなことまで考えていた。
だが、オプールは見開いていた瞳を突如鋭く研ぎ澄ませ、彼もまた獰猛に厳めしく笑ったのだ。
「えいや!」
「痛っ!?」
いきなり頬を何かにはたかれ、驚いた俺はその正体を確認して更に仰天した。そこにあったのは、細くしなやかにうねっているオプールの尻尾だった。
「それアリなのか!?」
「これも『体を使った打撃』さッ!!」
そしてオプールは、不意を突かれひるんだ俺の隙をついて一気に猛攻を仕掛けて来た。
顔面目掛けて拳が飛んでくる。
それを手のひらで受け止めた。
腰元辺りに蹴りがやって来た。
それを飛んでかわす。
まるで二人で共同作業でも行っているような、問いと回答のやり取りを交わし続けながら俺はずっと疑問に思い続けていた。
どうして目の前の男は笑っていられるのだろうか、と。
お互いの木刀が砕けたあの瞬間に、力量の差を彼は察したはずなのだ。だからこそ彼は仰天し、そして目の前の俺を畏怖した。あそこでもうとっくに、決着はついたようなものなのに。
疑問の謎を解きたくて、俺はオプールの両手を掴み地面へと押し倒した。身動きが取れなくなり、俺を見上げることしかできなくなったオプールと視線を合わせる。
「なあ、オプール」
「な、何だい? 降参なんてしないよ」
「何でしないんだ」
「え? ……アハハっ」
浴びせられた問いかけに、オプールは一瞬唖然としてすぐに笑った。
次に彼が放った言葉は俺の問いへの答えとして十分なものだった。
「言っただろう、君は僕の目標であり憧れさ」
「……?」
「き、君の隣に僕は並びたいんだ!」
直後、オプールの蹴りが俺の体を押し出し、二人して地面に倒れる格好となるも、すぐに立ち上がってまたまた向かい合う形となった。周囲の興奮は冷めやらず、相変わらずの歓声が俺たちを包んでいる。
オプールは未だ戦う姿勢を崩さず、あくまで俺に立ち向かおうとしていた。状況は、俺が想像したものとは全く違ったように進んでいる。それらは全て、目の前の男の気持ち一つによって支えられていることを俺は知っていた。
だから嬉しかった。俺の力を知って、恐怖を味わってなお俺の前に立ちふさがってくれている奴がいる。ただそれだけで、俺はこの先どれだけでもくじけずに前に進んでいけるような気がしていた。
だから、これはお礼だ。
腰を落とし、右手の拳を思いっきり握りしめる。力を込めて、足元を踏みしめ、すぐにでも飛び込めるように体勢を整えた。
全力の一撃である。良くも悪くも、これで全てが終わる。彼の覚悟に対する俺の、これが答えだ。
「オプール!」
「な、なんっ……?」
腹の底から叫ぶ。俺のかけがえのない友人の名前。
「死ぬなよ!!」
オプールの口が開く。
この目に焼き付けた、今目の前にいる彼の姿。俺はそいつに向かって踏み込んで……。
「だめええ! ルー!!」
リンの叫びにも似た呼び声に、体が一瞬硬直する。
「そこまでえい!!!」
歓声が止んだ。
力のぶつけどころを失った俺の拳が虚しく宙で止まる。俺とオプールは見つめ合ったまま、止まった時間が動き出すのを待っているかのように、身じろぎ一つとることができずにいた。
そこに、試合を止めた張本人である村長がゆっくりと割って入ってきて、俺の止まっている拳を取った。
「勝者はルー! これにて決着だ!」
止まった歓声は、騒めきとなって空間に広がり、停滞していた時間を呼び戻していった。同時に、俺もオプールも体から力が抜けその場に崩れ落ちた。
俺たちを見下ろしながら、苦々しげに眉をひそめた村長が言う。
「悪く思わないどくれよ。この村で暴力はご法度なんだ」
俺もオプールも、気まずく顔を落とすことしかできなかった。
「なぜ止めた」などと言えるはずもない。明らかに俺たちのやり取りは、この村で行われるべき「決闘」の範疇を超えかけていた。
俺の「怪力:3」での全力の一撃が、鉄の鎧に身を固めた兵士に致命傷を与えるまでの威力だったことは実験済みだ。俺はそれを生身のオプールに対して振り下ろそうとしていた。
リンの声と、村長の制止が無かったら、戦闘中の興奮の中俺はオプールを殺していたかもしれないのだ。
その実情を知らない村人たちは、どうして中途半端なところで試合を止めたのかと皆不満を上げていた。周りが俺たちの戦いの機微を察知できないのも無理はないだろう。むしろそれが分かって、ことが起こる前に制止することができた村長の機転の方が見事だと言えた。
ともあれ、試合は終わりだ。一応は俺の勝利で終わったとはいえ、オプールの評判が落ちたとは言い難く、ルーミオの意図としては大失敗なのかもしれないが。
これから先のことは、俺には助力しきれないことだ。兄妹で解決していってもらいたい。
動揺の中何とか立ち上がる。だがオプールの方は、未だ混乱から立ち戻ることができずに俺の方を見上げていた。正直今は彼に合わせる顔が無いのだが、そのまま放っておくこともできず、俺は手を差し伸べた。
その時、俺とオプールの間にとても小さな人影が割って入った。
その少女はまっすぐ伸びた棒切れを携えて、その先を俺の方へと差し向けていた。
「ルー様。お次はミュンが相手するのー!」
「はあっ!?」
狐の獣人兄妹の、小さな妹が俺の目の前に立ちふさがり、尻尾を立てて精一杯の威嚇を向けてきていた。
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