第28話:救出作戦③
「……何してんだ、オプール」
「アグ……アグ……は、はひはひはははふぁいのは(鍵が見つからないのさ)!」
奴隷商の首を吹き飛ばした後、泣き始めてしまったリンを何とか宥めたあと獣人が囚われているという部屋へ向かうと、そこには檻にかじりついているオプールの姿があった。
鍵が見つからずに歯で檻を嚙みちぎろうとしたようだが……いやいや、そんなことができたらとっくに中の奴ら脱出してるだろ。何やってんだ。
「はあはあ、ネズミの獣人はかじるのが得意なのさ! ……と言いたいところなんだけど、何て硬い檻なんだ。少し傷がついただけだ」
オプールが檻から口を離すと、そこには無数の噛み傷がついていて、ほんの少し欠けているように見えなくもない。
結構すごいな。この檻の硬さは俺もよく知っているが、これだけ削れただけでも大したもんだと思う。ネズミの獣人、何げにスペック高くないか?
俺がオプールの努力に目を丸くしていると、中にいた男性の獣人が声を上げた。
「オプール、だから無理だといっただろう。いつ兵士が来るかわかんから、さっさと逃げなさい」
「父さん、答えは一緒さ。もう僕は絶対に逃げることだけはしたくないのさ」
オプールの父親か。確かに耳とかしっぽとかがオプールと同じだ。
見ると、同じようなネズミの獣人が檻の中に女性が1人と子供が5人いる。全員オプールの家族なのだろうか。本当に子だくさんだな。
俺はふと疑問に思って訪ねた。
「なあ、お前の仲間ってこの檻の中に何人いるんだ?」
「何を言っているんだいルー、この中の人たち全員さ」
オプールは腕を広げ、檻全体を包み込むように胸を張った。巨大な檻の中の、30人はいる獣人たちの両の目が俺たちに向けられている。
いや、多いな!
オプールの家族とその仲間と聞いていたから、多くても7~8人だと思っていたのだが。
となると、また別の疑問が湧いてくる。
「こんなに大勢連れて、どうやって逃げる。目立ってしょうがないし、足並みだってそろわないぞ」
「そりゃあ……ここに来た時と同じように」
「あの狭くて暗い道を、この人数連れてか? あまり現実的とは言えないな」
能天気に構えるオプールに対し、俺は現状の厳しさを伝える。
檻の中にいる獣人には、オプールの兄弟を筆頭に小さい子供がたくさんいる。それら全員を連れてあの通路を逆戻りすれば、何人か脱落するのは目に見えていた。
オプールが言葉を失い、頭を抱え始める。彼にも状況が理解できたようなので、俺は話を進めた。
「何人かはぐれたり、着いてこれなかったりする者が出てもいいのならそれでいいと思うが」
「い、いい訳ないじゃないか。みんな無事で脱出するのが大大前提さ」
「だったら、一度に全員は無理だ。連れていく順番を決めて……」
「順番なんか決められるわけないじゃないか! みんな大事な村の仲間なんだ!!」
「お、おいっ……」
声でかいって。兵士来ちゃうだろ。
急に大きな声を出し始めたオプールを落ち着かせようと、その肩を掴んだ。しかしオプールはそれを振りほどくと、興奮した様子で今度は俺をなじり始めた。
「ルーはいいさ、リンちゃんが見つかればそれでいいんだものな! 僕は……僕は仲間全員を助けなくちゃいけないんだ、君とは違うんだ!」
「お、おう」
そりゃ、お前と俺は違うだろ。だから、同じ方法じゃ無理だから、違う方法を提案しているんだけれども。
上手くいかなくてイライラするのは分かるが、なぜ俺に当たっているのかが分からない。
訳が分からず俺が黙っているのをいいことに、オプールは一気にまくしたてた。
「さっきから酷いよルー! もう少し親身になって、真剣に考えてくれたっていいじゃないか! 協力してくれよ!」
いや、結構考えてるし、協力しているつもりなのだが。
何か言い返そうとも思うが、しかし、そんなことしたって時間の無駄だ。今はこんな言い争いより先に優先すべきことを……。
「何なのよあなた、さっきから聞いてたら!」
「リ、リンっ」
などと考えていたら、俺の隣からリンがもの凄い剣幕で話に乱入してきてしまった。
まずい、これは非常にまずい。
「何だい君は、今僕はルーと話をしているんだ!」
「話? あれが話!? あんなのただの言いがかりじゃない! ルーは十分親身になって考えていたわよ。それを自分の思うとおりに行かないからってイライラして、ルーがかわいそうよ!」
あのー……お二人とも、ここ敵地だってこと忘れてませんかね?
「ど、どこが親身だったって言うんだい? あんな冷たく突き放すような!」
「ルーは基本言い方とか態度とか冷たいんだからしょうがないの! 私だってたまにドン引きするけど、その代わり心はとっても暖かいんだから!」
リン、君も大概ひどくないか?
あーもう、一体どうしたらいいんだ。ここまで騒いでも誰も来ないってことは、兵士は今ここにいないということなんだろうけど……何でいないんだろう?
「よさないかオプール!」
「父さん……なんだよ父さんまで!」
俺が途方に暮れていると、檻の中のオプール父が声を上げた。ここまで静観していた彼だったが、どうやらもう限界だったのか、腕を組み目を吊り上げて厳しい顔つきを見せていた。
「その子たちの言うとおりだ。一度に全員を連れ出すのは難しい。だからまずは、小さい子供たちや女性から連れて行くんだ」
「……嫌だ! そんなんじゃ僕は何も変われない。みんなを見捨てて逃げ出してしまった罪は……みんなを救わなくちゃ無くならないんだ!」
オプールの目を閉じながらの叫びは、さながら懺悔のようであった。
彼がなぜここまで全員救出にこだわるのか。それはやはり、彼自身の矜持のためだ。
強大な敵を前に逃げ出してしまった臆病な自分を認めたくないから、「全員を救う」という強い自分を見せつけることで過去を上書きしたいという、どこまでも青臭い我儘な願いだ。
俺は彼のその願いを叶えたやりたいと思った。だから怪我している体を引きずらせてまで連れてきたし、その実現に限りなく近づけるために協力もしたつもりだ。
しかしそれでもなお彼の理想には程遠く、そして今はその理想が彼の足を引っ張ってしまっている。今のオプールの頭の中には、「全員を助ける」か「臆病な自分に戻る」のどちらかしかないのだろう。
それ故に、俺にはどんな説得もオプールには届かないと思えてしまった。出会ったばかりの、どうしようもなく他人でしかない俺の言葉では、彼には遠すぎる。
だが、この場にいるのは皆オプールのことをよく知っている人ばかりなのだ。
オプールの父親の目の色が変わった。
「オプール……お前はもう既に変われているさ」
「え……」
父親からかけられた思わぬ言葉に、オプールは目を開いた。その視線を恐る恐る父親の方に向ける。
「お前がここに来た時、私は本当に驚いた。父親としては『何で来たんだ!』という思いが一番に来るべきだったのだろうが、それ以上に私は嬉しかった。お前がこんな危険なところに、仲間を助けに来るなんて……お前のその勇気が、成長が嬉しかったよ」
「父さん」
オプールの父親に寄り添うように、同じネズミの耳をした女性もまたオプールに優しい視線を向けた。
「そうよ。本当に驚いたんだから。もうここにいる誰だって、あなたのことを臆病だなんて思っていないわ」
「そうだぞ、オプール!」
「兄ちゃんはカッコイイよ!」
「母さん……みんな」
オプールの母親の言葉に乗っかるように、檻の中の獣人たちは次々に声を上げ、部屋の中はオプールへの呼びかけでいっぱいになっていった。
オプールが涙ぐみ、声援の中その肩を震わせていた。これで少しは、彼の中の重荷が解けただろうか。
涙をぬぐったオプールがこちらを向いた。
「ルー……さっきは、ごめん」
「オプール……口を出しづらくて黙っていたんだが」
「へ……?」
さて、この良い雰囲気のまま脱出と行きたいところだが、どうやらそうもいかないようだった。
オプールたちが話をしていた際に、俺の聴覚は建物の近くで慌ただしく停まる馬車の音を察知していたのである。
そしてその中から飛び出してきた無数の足音が部屋の前までやってきて……。
「貴様ら……何をしている!」
兵士たちが、頭数をそろえて部屋の中へと駈け込んできたのだった。
「ひぃえっ……ルー!」
「やるしかないな、これは」
人間との初めての多人数戦を前にして、俺はこの期に及んで心のどこかでワクワクしてしまっていた。
今の俺は、こいつらに対してどのぐらい戦える? どうやって戦う? そんな思考が、瞬時に頭の中を駆け巡る。
「本当、どうしようもないなこればっかりは……!」
自分の性質に小さく愚痴を言い、俺は兵士たちに向き直った。
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