第21話:追跡者との戦い①

「あァ……お前、ここ来るついでに狩った小っちぇえ村の残りかァ……!」


男は、オプールの姿を見て思い当たる節があったのか、ただでさえ厭らしさが滲むニヤケ面を更に醜悪に歪め、嘲笑った。


「あの村はお笑いだったなァ……! 何せメスネズミ一匹捕まえたら、次から次にワラワラ村の奴らが出てきやがるんだからよォ。あっという間に狩りつくしちまった。やりごたえのねェこった」

「わ、わ、笑うな! み、みんな僕の妹を助けようと、がが、頑張ってくれたんだ!」

「ほォオ? じゃあオメェは何で今ここにいんだァ?」


面白がるように方眉を上げた男へ、オプールは尻尾をピンと張りつめて表情を凍らせた。それを見て確信を深めたのだろう、男はこれまでで一番の、地の底から響くような笑い声をあげた。


「ゲアッハッハッハッハ!!! そうか! テメェの妹が連れ去られて、テメェ以外全員戦いに出たってェのに、テメェだけ隠れてやがったのかァ!? こいつァ傑作だぜェ、ゲェハッハッハッハハァ!!」

「ぐ……ぐううぅ……っ!!」


オプールは震えながらも唇を噛みしめ、必死になって男を睨みつけていた。だが男は、その視線を受けてなおさら愉快そうに笑うだけだ。


「なんだァその目は? オメェが助けてやらなかったから、妹は奴隷になっちまったんだぜェ、お兄ちゃんよォ?」

「ち、ちがう……! ぼ、僕のせいじゃないっ……お前たち、お前たち人間が……!」


オプールはとうとう頭を抱えてその場に蹲ってしまった。ひれ伏すオプールの前に立ち、男は腹を抱えて笑い続けている。


分からないが、オプールは決して薄情な奴ではないと思う。だが、これまでのほんの少しのやり取りではあるが、臆病な面も多分に持ち合わせている男だということも俺は感じていた。


だが、全て結局は目の前の人間……いや、獣人を奴隷にするような人間のせいだということは間違いないだろう。


オプールはオプールで、自分の行いを後悔するなり反省するなり好きにすればいい。だが、妹が連れ去られたことを彼のせいにするのは、流石に暴論が過ぎると俺は思った。


「話をすり替えるなよ。全部てめえら人間のせいだろ」

「あァ……? ずいぶん口の悪ィメスだなオメェ……」


いや、どっちがだよ。


しかしこの男、こう見えてなかなかどうして油断ならない。先ほどから隙を見てリンを助けに出ようかと常に様子を窺ってはいたが、この男はこちらをナメ切っているように見えてとうとう俺への警戒を欠かすことがなかった。


これまで数々の魔物と戦ってきて、俺も今向かい合っている敵がどの程度の強さなのかを大体把握することができるようになってきた。ほとんど勘のようなものだが、それでも分かる。こいつは明らかにこれまで戦ったどの魔物よりも強い。


そもそも、俺の聴覚探知を搔い潜り森の陰から突然現れたことや、いつの間にかリンを縛り付けていた鎖、そしてその肩に担いでいる厳つい鉄球など、奴についてはあまりに謎が多い。


リンが捕らえられているこの状況下で俺は、なかなか敵に対して踏み出せずにいた。


「オメェは大人しく、俺に捕まえられてりゃァいィんだよ!」


男が叫び、肩に担いだ鉄球を投擲した。男の体に巻き付けられた鎖とつながっている鉄球は、キリキリと金切り音を上げながら俺へと真っ直ぐ迫ってきた。


「……?」


鉄球のスピードは、見て分かるほどに遅かった。俺は大した苦も無く横に飛びのくことで鉄球をあっさりとかわす。


だが、だからこそ俺の内心に不安が宿った。何か、この鉄球には別の狙いがあるような、今まさに敵の術中にはまってしまっているような……。


「ルー! 後ろ!!」

「……っ!?」


リンの叫び声に反応して、俺は慌てて後ろを振り向く。そこにあったのは、俺の眼前まで迫る鎖だった。見れば、キリキリと音を立てて伸びるその鎖は、木の影から侵食するようにして飛び出していた。


リンを捉えた鎖の正体はこれか!


「くそっ」


俺は何とか爪を立て、その鎖を振り払うことに成功する。


「ほおォ……フンッ!」


だが今度は、男が体から伸びている鉄球を力を込めて引っ張ったことにより、軌道の変わった鉄球が再び俺の方へと勢いよく向かってきた。


二度の攻撃を慌てて搔い潜ったばかりの俺に、三度目の不意打ちを回避する余裕はもはや残されてはいない。俺はギリギリで腕を前に出し、体をガードするのが精いっぱいだった。


「ぐうッ!!?」

「ルー!!」


リンがつるされている状態から、ガチャガチャと身をよじらせて逃れようともがく。だが、強固に縛られた鎖は、揺れるごとにリンの体に食い込み、その手首から血をにじませるだけだ。


自分の体が傷つくのにも気づかずに、俺の元へ駆け寄ろうと無為なあがきをする彼女に対し、俺は顔を上げ手を振り、平気なことをアピールしてその行動を止めようと努めた。


「リン、大丈夫だ……本当に怪我もない」

「ルー……」


実際、男の鉄球の一撃は凄まじい衝撃だったが、それでも俺の体に傷をつけるには至らなかった。「行き」の鉄球でなく、「戻り」の鉄球だったということもあるだろうが、やはり「頑丈:4」は伊達じゃない。


再び鉄球を担いだ男は、片目を大きく開き、ニヤリと口角を持ち上げた。


「なかなかヤルじゃねェか。さっきから俺様の『威迫』にも反応しやがらねェし……話しには聞いてたが、獣人のメスガキにしちゃ強すぎるよなァ」

「話……?」


男の言葉に妙な引っかかりを感じる。聞き覚えの無い単語を言ったのもそうだが、コイツの口ぶり、何だか俺のことを知っているような……?


そう考えると、男の発言には妙な意味合いを含んだものが多かった気がする。


『……わざわざ俺様が呼び寄せられたのも分からァ』

『ここ来るついでに狩った……』


コイツは俺を……俺達を目的にしてやって来た……?


何のために。そんなものは決まってる。


檻越しに俺を見下す、下卑た人間達の醜悪な笑みが脳裏に浮かんだ。


俺達を奴隷に引き戻すために……!!


「お前、奴隷商の仲間か」

「随分暴れたって聞いたぜェ……? それで、特注の檻まで用意されたそうじゃねェか」

「……?」


まただ、またこの違和感。


俺はてっきり、檻から脱出した後に魔物を殲滅したことを、男がずっと言っているのかと思っていた。だが、違う。順番がおかしい。


特注の檻とは、俺が入れられていた普通より大き目な檻のことを言っているのだろう。俺が暴れたせいでそれが用意されたということは、男が話しているのは俺が檻に入れられる……前!?


こいつ、まさか知っているのか。檻に閉じ込められる前、記憶を失う前の俺のことを!


ならば、俺がすべきことは一つだけだ。


「……お前、その話」

「今日は出さねェのかよ、黒い霧のようなものを纏って戦うんじゃねェのかァ?」

「……っ!!」


こいつ、そんなことまで知ってるのか。


俺でさえ、もうずいぶん感知できていない、あの正体不明な黒いエネルギー。それを、記憶を失う前の俺は常に纏っていたのか。一体どうやるんだろう。


とにかく、コイツをボコボコにして絶対に話を聞きだしてやる!


奴の手の内は大体把握した。鉄球による攻撃と、影から飛び出す鎖。他にもあるかもしれないが、とりあえずはそれに気を付ける。


まずはリンの鎖を爪で切り落とし、接近戦に持ち込む。そして奴が油断したところで、遠距離攻撃による不意打ち、そして牙で止めを刺す!


《動くな!!》


「なっ……!?」


作戦を固め、奴に向かって飛びかかろうとした時だった。


突然飛び込んできたその声は、まるで俺の体に直接植え込まれたかのように抗い難く響いた。そして、俺の体はそこからビクリとも動かなくなってしまったのである。


この感覚に俺は覚えがある。捉えられているリンも、自らの体に起きている異常を察知し、愕然としていた。その首元に複雑な文様が浮かび、淡く光っている。きっと俺の首元にも、同様の現象が起きているのだろう。


まさかだった。俺たちを買ったちょび髭親父が死んで奴隷から解放されたのかと思ったら、どうやらその想定は甘かったようだ。


声がした方から、複数の人影が現れた。その中心で偉そうにふんぞり返っている男は、集団の中で目立つその小太りの体を重たそうに揺らしていた。


「お前は……!」

「あ、あ……」


リンが悲嘆にくれた表情を浮かべ、声にならない声を上げている。


無理もないだろう。森の陰から何人かの兵士を引き連れ現れたのは、俺が目覚めたあの日、檻越しに俺たちのことを見下していた人間の片割れだったのだから。


「奴隷が……返品されたのならば持ち主の元へさっさと戻ってこなくてはダメではないか」


あの日と違い、媚びるような笑みをやめ、不機嫌そうな無表情を張り付けた奴隷商がそこに立っていた。

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