第11話:馬車探索
俺たちは馬車のある所へと戻って来ていた。物資を調達するためと、何か現状を把握する手がかりが残されているのではないかと思ったからだ。
大勢の魔物達に襲撃された場所でもあるので、初めリンは「早く森を抜けよう」と消極的だったが、食料や地図などが手に入る可能性を指摘したら渋々着いてきた。
遠目に馬車が見えてきたところで、聴覚を集中させる。何かが動いている足音や鳴き声といった、生き物の気配がないか意識を研ぎ澄ませ探った。
「大丈夫だ、何もいない」
「分かるんだ? すごい耳だね」
感心したように目を丸くしているその姿に、少し違和感を覚えた。
「リンだって耳はいいだろう」
「うーん……? でも、あんな遠くの場所の音は聞き分けられないわ」
俺の真似をしているのか、目を瞑って耳をそばだてながらも、リンは首を横に振った。
どうやら、獣人によってその特性は異なっているようだった。道中の少し交わした会話の中でも、それがいくつか分かることがあった。
リンにも爪や牙はあるが、小さく、俺についているもののように力を込めると形が変わるということもなかった。
一方で、リンが見せてくれたような治癒能力は俺にはないものだ。とは言え、リンの治癒能力は獣人としての特性というよりは、リンの一族に伝わる術のようなものらしい。
『私たちミルド族はね、代々祖先神から受け継いだ癒しの祈りが使えるの。先人の中には、稀代の癒やし手として多くの尊敬を集めた英雄だっていたんだから!』
そう語るときのリンの表情は誇らしげで、素直に羨ましいなと思った。その後、目を細めていた俺の表情を誤解したリンが慌てて謝罪してきたのだが、構わないと俺は伝えた。
この世界の情報は、それが何であれ俺には有用なものだ。変な遠慮で、彼女が自分のことをしゃべらなくなってしまうことは、俺にとってもマイナスになる。
そう伝えると、ホッとしたような、戸惑っているような複雑な表情で彼女は頷いていた。
その後俺が何度も体験した、魔物を倒すことで回復する現象について知っているか聞いたら、信じられないものを見るような視線を向けられた。
『魔物を倒すたび回復されてたら、私たちミルド族は商売上がったりよ!?』
どうやらこれも、獣人としての特徴としては相当異例のようだ。既に完治していたジャベリンワスプに貫かれた腹を見せたら、めちゃくちゃ興味深そうに撫でられまくってしまった。
『えぇ……本当にふさがってる。というより、傷一つ残ってない……? 何よこれ、私の治癒術じゃこんなの絶対無理……いやいや、もっと修行すれば私だって! ……ていうか肌綺麗』
何かちょっと怖かった。こと回復術に関しては、彼女は並々ならぬこだわりがあるようだ。
馬車の周りはまさしく死屍累々であった。魔物の死体が大小様々20体ほどと、兵士の死体が10体ほど、あと馬車を引く馬の死体も。
体がバラバラに引き裂かれている亡骸も多く、細かく数えようとしたら気が滅入りそうだ。
どうやら俺たちが運ばれていた馬車は、幌付きの大きなものと、その後ろの小さなものの二両編成だったらしい。それらは、いたるところが破壊され、車輪が外れていたり幌がズタズタになっていたりと、戦闘の激しさがうかがえるようだった。
それにしても、酷くくさい。血と肉と糞尿の入り混じった臭いだ。
「わ、私無理……これ以上近づけないわ」
「うん。じゃあ、俺だけで行ってくるよ」
顔を真っ青にしているリンの足はがくがくと震えてしまっていた。まあ、仕方が無いだろう。俺はもう幾度か戦闘を重ねて多少慣れてしまっているが、それでも目を覆いたくなるような光景だ。
彼女にはこの場で待っていてもらって、俺だけで中を探索しよう。そう思って一歩踏み出した俺の腕が、もの凄い力強さで引っ張られた。
そのままリンは、俺の腕を懐に収めるようにぎゅっと抱き着いて一歩を踏み出す。
「置いて行かれるのはもっと無理だから!!」
どうやら着いてくるようだ。どっちなんだよ。
血肉の中をかき分けるようにして、馬車へと近づいていく。俺の腕に強く抱き着いたままのリンが、瞼をぎゅっと押しつぶしながら歩くため、遅々としてなかなか進まない。途中、足元に何かが当たるたびにビクリとして「なになに!?」と騒ぎ立てる。そのたびに俺が、足元の瓦礫やら兵士の亡骸やらをどけてやった。
これが普通の反応なのだろうか? 俺と彼女の比較だけでは極端に過ぎるのかもしれない。だが、それにしたって彼女の反応は大げさに感じる。
俺が異常なのか、彼女が大げさなのか、審判が欲しいと思った。
「ちょっ……ねえ、また何か当たった! なになに!?」
「はぁ……」
「あ、今ため息した!? ねえ、ちょっと!」
また騒ぎ出した彼女を無視し、その足元の物を拾い上げる。それは剣だった。
少々血にまみれてしまっているが、まだまだ使えそうな綺麗な剣だ。割と小さ目なサイズで、これなら俺でも使えるかもしれない。
軽く振るってみる。重たくはない。
「うーん……」
だが、空気を裂く感触に違和感を覚え、もう一度今度は刃先の方をまじまじと見た。
ギラリと煌めく鋭い切っ先に、爪を立てて当ててみる。ちょっとした実験だ。
そうすると、俺の爪が当たった部分の刃が、少し力を入れると欠けてしまった。
これは……ダメだな。この剣がどれくらいの質の物か分からないが、武器としては俺の爪の方がはるかに上等だ。
リンの自衛のために……とも思ったが、欠けてしまった剣をわざわざ渡すこともないだろう。投げ捨ててしまおうと、視線を血肉の海の方に向けた。
すると、倒れていたゴブリンが一匹立ち上がるのが見えた。
「ギ……ギィッ!」
「んなっ!?」
立ち上がるやいなやこちらに飛びかかって来たゴブリンを。思わず手に持っていた剣で切り伏せてしまった。元々瀕死状態だったのだろうゴブリンは、たったそれだけで地面に倒れ、再び動かなくなった。
第二陣があるかもと思い、そのまま周囲に意識を集中させる。だが、今度こそ辺りは完全な静寂に包まれていて、動き出しそうなものはどこにもなかった。
「ふぅ……脅かしやがって」
今度こそ、剣を血肉の海に投げ捨てた。カランカランと、金属音が静寂の中に響き渡る。
「ね、ねえ! 今の音何? 何かあった!?」
「……何もないよ」
リンはこれだけの状況になっても、目も開けずに抱き着き続けていた。その胆力は逆に大したものだ。ここまで徹底されると、呆れるというよりもはや感心してしまう。
さっさと馬車まで行ってしまおう。そう考え、一歩を踏み出した時にある違和感に気付いた。
あれ、そう言えば何も画面が出なかったな。どういうことだ?
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