誰も知らない、他人の心(短編)

KH

第1話

〇道

 真っ昼間、制服姿で気怠そうに歩いている滝山詩月(17)。そこで道に沿った生

 け垣の向こうから


男の声「おい、そこの不良娘」

 

 詩月、脚を止めて生け垣の中を覗く。そこには縁側に座る和田達夫(72)の姿。


達夫「学校はどうしたんだ?」


詩月「サボりだよ、くそじじぃ」


達夫「じゃあ暇だな。一局付き合えよ」


 そばに置いてある碁盤を叩いて不敵に笑う達夫。詩月、面倒くさそうにしながら歩

 き出す。


〇和田家・外観

 立派な日本建築。門扉の表札には和田と書かれている。


〇同・縁側

 碁盤を前に向かい会っている詩月と達夫。


達夫「俺がニギルぞ」


詩月「いや石置けよ。あんた何連敗してると思ってんだ」


達夫「ふん、小癪な。今日は簡単にはいかん」

 

 詩月、呆れながらも石を持つ。先手を決めて打ち始める一同。

 詩月と達夫、碁を打ちながら


達夫「今日は一段と機嫌悪いな。母親と喧嘩でもしたか」


詩月「してねぇ」


達夫「でも、昨日口喧嘩してたろ。家の前通ったら声が聞こえたぞ」


詩月「それけっこう深夜だぞ。徘徊してんじゃねぇよ、じじぃ」


達夫「家主として様子を見てるだけだ、不良娘」


詩月「どんな大家だよ」


達夫「親子は仲良くしといた方がいいぞ」


詩月「それは教訓ですかい」


 詩月、一手を打つと達夫が唸る。


詩月「待ったなしだからな」

 

 盤面を難しい顔で見つめる達夫。

 詩月、暇そうにしながら


詩月「何年息子と会ってないんだっけ?」


達夫「俺の嫁が死んでからだからもう十年近いな」


 詩月、ドン引きしたように


詩月「嫁って、いくつだよあんた」


達夫「あいつは母親に育ててもらったと思ってるだろうからな。俺のことなんざ忘れちまってるだろうよ」


詩月「寂しいわけ?」


達夫「まさか。あいつが生きてるならそれでいいさ。俺はこの家の畳で死んで、この家で葬式をあげられればそれでいい。遺影も先月、プロに撮ってもらったのがあるんだ。あとで見せてやるよ」


詩月「いいよ。どうせ葬式で見るんだから」


達夫「なんだ、来てくれるのか」


詩月「気が向いたらな」


 達夫、嬉しそうに笑いながら


達夫「お前はガキの頃から知ってるからな、なんなら喪主でもやってみるか」


詩月「冗談。早く打てよ」


達夫「ちょっと待て、考えてんだ。くそっ、教えてやったときはへっぽこだったのによ」


詩月「何年前の話だか」


 盤面を見て唸る達夫。詩月、そんな達夫を見つめている。


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