誰のための正義(短編)

KH

第1話

○横浜地方裁判所・外観

 曇天の空。雨が降っている。


○同・法廷・中

 弁護人席に岡瀬明(33)が神妙な面持ちで座っている。検察官席に二名と中央の

 被告人席には小宮信介(21)が態度悪く座っている。

 八割以上埋まった傍聴席には、津田正史(34)の姿。心配げに岡瀬を見つめてい

 る。そこへ津田の隣りの開いた席に座ってくる永野勇(72)。


永野「ふー、間に合った。判決を聞いてまでが裁判だからな」


津田「永野さん」


永野「どうよ、岡瀬君は更新出来るかな」


 苦笑する、津田。そこへ裁判官三名と裁判員六名がやってきて席に座る。

 その場の全員が立ち上がり、礼をする。

 永野、小声で


永野「津田君の見立てはどうなんだい?」


津田「……無理、でしょうね。僕があいつだったら有罪を前提で戦います」


永野「執行猶予を付けるかの争いだな。スタンダードだ。でも彼はなぁ、一貫として無罪主張だ。何よりあの小宮は誰が見てもやってるだろうに」


 被告人席で、退屈そうにしている小宮。


津田「……それは、僕たち弁護士には関係ありませんよ」


 肩をすくめてみせる永野。


裁判官「主文、被告を懲役八年の有罪とする」

   

 傍聴席の何人かが法廷を出て行く。


永野「求刑よりは二年軽いか。まぁ大方予想どおりかな」

  

 津田、岡瀬を見る。

 岡瀬、机の上で組んだ手を強く握っている。


○同・面会室・中

 個室。双方に扉があり中央のガラスで隔たれている。そのガラスの前の席で座って

 いる岡瀬。そこへ反対側の扉から、警察官とともにやってくる小宮。

 立ち上がる、岡瀬。


岡瀬「小宮さん」


 無視するように、椅子に座る小宮。


岡瀬「気落ちしなくていい。控訴はするから、今回は運が悪かった。裁判長の伏島さんは裁判員の意見を重視する傾向にある人だ。高裁ならそんなことは」

   

 小宮、遮って


小宮「もういいっすよ」


岡瀬「小宮さん、投げやりになっちゃだめだ。君の人生は」


小宮「だからぁ、最初から言ってるじゃないすか。俺は殺してるの」


岡瀬「……」


小宮「公園で遊んでたガキ二人、殺す気で連れ出したの。何度も言ってるっしょ」


岡瀬「ああ、聞いたよ。でもな、君の人生は長い。ずっと続くんだ。両親もまだ健在だろう。ずっと先を考えればここで戦うことは」


小宮「そういうのが面倒になったんだって。それも言いましたよ」


 黙る、岡瀬。

 小宮、岡瀬を一瞥して


小宮「つーか、聞きましたよ。あんた、今日で三十連敗だそうじゃん。裁判」


岡瀬「……そのくらいになるかもしれないね」


小宮「俺みたいな人間には、あんたみたいなポンコツがお似合いってことかな」


岡瀬「それは違う。国選弁護士は君のような」


 小宮、椅子を立ち上がって椅子を蹴っ飛ばす。


小宮「うるっせぇんだよ! うぜぇ。なんなんだよ、あんた」


警察官「こらっ」


 取り押さえられる、小宮。


警察官「今日はここまでにしてください」

 

 連れて行かれる小宮。小宮、岡瀬を見ることなく去って行く。

 扉が閉まり、一人残される岡瀬。


岡瀬「くそ」


 岡瀬、机に拳を叩きつける。


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