武家屋敷の幽霊
くまりす
私の心霊体験をお話します。
夏のお盆シーズンになると毎年、心霊にまつわるTV番組が放送されます。私の小さい頃は怖いもの見たさもあり、毎年それを楽しみにしていた部分がありました。しかし、ある出来事をきっかけにそういった番組を一切見なくなってしまったのです。
この世とあの世との境界線というものはとても不安定で脆く、何かの間違いで簡単に超えてしまうのではないか。ふとした拍子にあの世からの声を聞いてあちらの世界へ呼ばれてしまうのではないか。そして、霊の話を見聞きすることがそのきっかけになるのではと、いつしか私は考えるようになっていました。
それほどまでにあの不思議な体験は私の心の奥底にとどまり続け、長い間口にすることもためらわれたのです。
月日が経ち恐怖心も薄れてきたことで、やっと人に話せるようになったこの機会に文字にしてみようと思い立ったのです。
これからお話しするのは、私の今までの人生の中でも忘れられない一夜の不思議体験です。
何分、実話ですので、読まれた方にどのような影響があるかは私にはわかりかねます。ご了承ください。
私は昔から好奇心が旺盛で、幽霊や妖怪の話など震えあがるくらい怖いくせに、そういうたぐいの本やTVはなぜかよく見ていた子供でした。
ただ、霊体験をしたいという気持ちは全くなかったので、小学校で流行った「コックリさん」を行うときはルールを破りませんでしたし、「青い紙と赤い紙」の幽霊に出会わないようにトイレには必ず友人についてきてもらいました。
そういうものは都市伝説だ。霊の現象は科学的に証明されている。などと、その存在を信じない人もいます。
この世にいるはずのないものを怖がるのはその姿が見えないからだと、そう言う人もいます。
―そうでしょうか?
少なくとも私は、人の想い、念というものは入れ物がなくなっても残っているのではないかと思うのです。
勿論、私には霊感はありませんし、見えたりもしません。
私がそう思うようになったのは、母の影響なのです。
母がそれを初めて見たのは、ちょうど私が生まれて間もない頃のこと。
母の実家は古い日本家屋でしたが、汲み取り式の便所に薪で炊く風呂がまなど、歴史を感じるものと土間をリフォームした台所などの新しいものとがちぐはぐに入り交じった家でした。表の明るい入り口から少し奥に足を踏み入れると、昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気を感じるのでした。
その薄暗い部屋の仏壇の前に母が私を抱きながら一人ぼうっと座っていたその時、青色の光の玉がゆらゆらと目の前に浮かび上がってきたと言います。
女性は妊娠をきっかけに霊感が強くなることがあるそうです。体内に別の命を宿すというのはとても神秘的な事で、心身共に様々な変化があるからでしょうか。
母はこの時から霊の存在を感じたり、見えたりするようになりました。
母が話してくれた霊体験の中で一番忘れられないのは確か私が中学生の頃の話です。
その頃、我が家ではクリという栗色と白色が混じった雑種の犬を飼っていました。クリは紀州犬の血が混じっていて、よく他所のオスとケンカをする気の強い犬でした。
母が家事を済ませたあとのちょうど夕暮れ時がクリの散歩の時間です。
散歩は海へ出るのに近道となる湿地を通るコース。その湿地にはおびただしい数の大小の蟹がいて、通りかかるといつもガサガサという音と共に一斉に穴の中へ入っていきます。そいう光景が気持ち悪かったせいか、地元の人でもあまりその道を通る人はいませんでした。そこを抜け、堤防の階段を降りると松林が広がり、その向こうが砂浜です。
夕方の海は人けがなく、松林には薄暗く夜の気配が漂っています。
母がちょうどその松林に差し掛かった時、ぽつんと立っている一本の細い、たよりなく横に伸びている松の木に、ずぶ濡れの女の人が寄りかかっている姿が目の端に映りました。
母にはそれが普通の人でないことは一瞬でわかったと言います。
同時にクリが凄い勢いで吠え、まるで示し合わせたかのように母とクリは回れ右をして家へ飛んで帰って来ました。母はどうやって家にたどり着いたか全く覚えておらず、勇敢なはずのクリは尻尾を足の間に入れ、ぶるぶると震えていたそうです。
昔から犬は霊感があると言いますが、クリはそれを感じたのでしょうか?
翌日、海岸に若い女の人の死体が打ち上げられたそうです。
そんな母の話を聞くにつれて、私はすっかり幽霊の存在を信じるようになりました。
しかし、それは母に対してだけ起こる現象で私の前には一度も起こりませんでしたので、まさか自分が体験するとは思ってもみませんでした。
いや、実際には私は体験してはいないのです。ただ、その場にいた私以外の全員が体験しているのです。そう考えると、それはそれで何か別の意味があるようで、恐ろしく思います。
そう、これからお話しするのは私の唯一の霊体験なのです。
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