犬が走る

RAIMEI

第1話 

犬が走っている。何にもつながれず、草原を走っている。

嬉しそうに、楽しそうに。


(いい気なもんだね。犬なんてのはただ走ってさえいれば幸せらしい。あとは草に体をこすりつけたり、そんな単純な事でやつらは満足できるなんて羨ましいね。)


「やあ君、犬を見ていたのかい?」


草原でバーベキューでもしているのだろうか。

人の群れを離れて、物思いにふける男のところへ、友人が飲み物をもってやってきた。二人は寝転んで、何事かを話した。


「ああ、犬がね、あいつらは楽しそうだなと、楽でいいねえ、人間と違って。あれはKのところの犬だろう、だとしたら幸せ者だよ、あんなお人好しに飼ってもらえて。きっと犬にしては贅沢な食事もしていることだろう。俺が犬になりたいぐらいだよ。」


「確かに、あの犬は今とても楽しそうだね。でもそれはKに飼われて可愛がられているからではないよ。あの犬は、今草原を走っていることがうれしいに違いないよ。素敵な犬だ。」


「ただ走っているだけだろう、いつから愛犬家になったんだ?

ああいう人種はな、犬のあのかわいらしい外見やしぐさを見て、自分の言うことを従順に聞くところを見て、この子は善良で賢いに違いないと、そう思い込んで自己満足している人間なんだよ。

まあそういう幻想の中で暮らしている内は、人間なんて幸せな物だな。でも実際に現実というものを思い知ると、途端にそれがつまらない物であることがわかってしまうんだ。


犬なんてただ走ったり、布をのひっぱりっこしたり、そんな単純な事でしか、喜びを感じられないんだぞ、愛するほどに知能が高いか?それに、旨い飯を与えても、ちっとも味わおうとしない。

第一に、奴らが善良なんてのが一番の幻想だよ。犬ってのは自分より弱い生き物をいじめるのが大好きなんだ。お前だって小さいころ近所のGさんのところの犬、放し飼いにされてたあいつに、追いかけられたことがあっただろう?」


「なんだよ、今日はやけに饒舌だな。まあ確かに人間から見たら、犬は理解できないところがあるよな。」



「俺がいいたいのはな・・・・・・飼われて自分より強いやつに尻尾を振っているやつらは、畜生なんだって、そう言いたいんだよ。」


「・・・・・・・・・・・・なんだよ、まったく犬にかこつけて、まだあのことを気にしているのか、まあ確かに今度の人事は、仕事の実力を反映した物とは言えないわな。」


「ああ、そうだろう、本当なら俺があそこにいたっておかしくないんだぜ。明らかに不当な見る目のない人事だ。ただ、ごますりが旨い連中が得をして・・・・・」


「・・・・・・・だったらお前も、そのごますりをやってみるかい?あれはあれで大変そうだけどね。まあお前には無理だろうな、小学生のころから知っているんだ、がらじゃないよ。」


「別に無理じゃないさ・・・・・・ただ俺は・・・・・・もっと高度な事をだな・・・・・世の中なんて、見た目の印象にごまかされて、いろんなことに縛られて、人間なんて、高度な意思なんて、自由な意思なんてどこにも持っちゃいないじゃないか・・・・・・・・・・・俺は見た目だけの成果は嫌なだけなんだよ!」


「Sのことだろ・・・・・・あいつはあいつで、かなりすごいやつじゃん、例のプロジェクトを成功させてさ。むしろ世間や会社ではあいつの方がお前より、ずっとすごいやつだと、そう思うのはおかしくないんじゃないか。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勝手に言ってろ・・・・・そうか、お前もか・・・・・・、もういいよ・・・・」



「・・・・・・ごめん。言い過ぎたよ。最近沈んでるから、そんなお前を見るのがつらくてな。お前は現実がどうこう言っていたけれど、現実お前のやってきたことは素晴らしいと思うぜ。俺は見ていたよ・・・・・みんなが派手な成果や、見栄えを追及している中で、お前がそれとは違うことを求めていたことを。俺は知っている、それがSに劣らないことを。俺はお前のやっていること、好きだね。俺はお前のその、ええと、姿勢に感動して・・・その尊・・・・・・・・敬して・・・・・・お前をその、目標にしてだなあ、頑張っているんだ・・・・・・お前にもいるんだよ、大切なことを教えてくれた人が!」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああそうか・・・・・・・そうだったのか・・・・・・・いやそうなんだ・・・・・・・・・俺がやってきたことは・・・・・・・・・・・・・・でも、会社じゃ、そうは思わなかったようだけどな・・・・・・・」


「・・・・・会社、世間・・・・・・独立でもするかい?」


「いや、そういう意味では・・・・・すぐに極端な話をするのも、お前の悪い癖だな、まったく人の弱みに付け込んで、偉そうなことばかり言いやがって。大学でレポートを散々写させてやった恩を忘れたのか。」


「・・・・・・・・・・、いや-、そんなことあったかな-・・・・・・・・

それよりも、ええと走ろうぜ、あの犬を見てみろよ、野原を自由に走って、本当に楽しそうだ。いま彼は自由なんだ、それは繋がれていないからでも、高度な意思を持っているからでもない、ただ彼は自由なんだ。だってそうだろ夢中だぜ。

確か、五郎っていったよな。おーい五郎、俺も入れてくれー、一緒に走ろうぜー」


1人が犬の方へ駆け寄っていった。

「まったく、ごまかすのだけはうまいやつだ、第一、落としてから、上げるなんて、いつからそんな残酷な子になったのやら。

そうか、自由か・・・・・自由って一人のこととは違うんだな。犬か、いや五郎・・・・おーい、俺も仲間に入れろよー」


もう1人が駆け出して行った。

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犬が走る RAIMEI @spiderr

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