第20話 桜の季節
あの日と変わらない赤い屋根の家に着いた。
同じように玄関を軽く二回叩いた。
あの日と同じようにお母様が玄関を開けた。五年後の今の姿を見て、大変驚いてくれた。
家に入るよう招かれ、僕は一番に畳の間に行き、正座になった。
この五年間の生活、出来事を報告するように深く目を閉じ、両手を合わせる。
しばらくして、あの日と変わらず五年前と同じ椅子に座り、お母様にも同様にこの五年間について話した。
「お久しぶりです。突然お邪魔してすいません。」
「いえ。待ちくたびれましたわ。」
冗談半分に笑ってくれた。
机の上には二つのコップ、そしてケーキが置かれていた。
「これがあの娘が好きだったケーキなの。あの日出せなかった事を後悔していたの。嘘をついていた事を。」
「もう良いんです。それよりもあのケーキが今、目の前にある事が嬉しいです。」
自然と笑顔になって行く。
「実は今日は、大事な話をしたいと思います。」
「はい。何でしょうか?」
お互い背筋を伸ばし、話を続けた。
「あの、単刀直入に言います。娘さんと結婚させてください」
深々と頭を下げた。
「え!でも、あの娘はもう居ないんですよ。」
驚くのも無理はない。それよりも、五年の歳月が経ったせいなのか、「あの娘は」の続きをすんなり口にした。
「いいんです。あの日僕は決めたんです。だから、きちんと大人になったら告白すると決めていたんです。あの日言えなかった言葉を。」
「でも、居ない人と結婚だなんて。あなたはそれでいいんですか?これから出会う人との可能性を消す事になるんですよ?」
「それでも良いんです。この日の為に今まで頑張って来ました。消える可能性よりもずっと希望を持ち続けたいんです。もう一度言います。僕に娘さんを下さい。」
「あなたがそこまで言うのなら私は構いません。それにこういうのはお互いが決める事ですから。」
その言葉を聞くと僕は持っていた紙袋から一冊のアルバムを渡した。
それはこの五年間を写真でまとめたアルバムだ。
眺めている間にもう一度正座になり、小さな箱を置いた。
両手を合わせ、深く目を閉じた。
心の中で愛の言葉をささやきプロポーズをする。
返って来ないのは分かっているが期待してしまう。
アルバムを見終えたお母様が横に座った。
「これはあなたの写真、それから学校、それに海も。」
「あの娘との約束だったんです。」
見終えたアルバムを仏壇に置いてくれた。
きっと、私の思いに賛同してくれたのだろう。
「届くと良いんですが。」
「届くわよ。あなたは素敵な方ですから。」
ふと、窓の外に目がいった。一枚の花びらが風に泳いだ気がした。
気がしたのでは無い。外には満開になった桜の花びらが風に舞っていた。
お母様が満面の笑みで僕の方を向き、
「ね、届いたでしょ。」
「はい。」
ふたりで桜の花びらが舞うのを見ていた。
僕は〈笑顔〉を強く優しく抱きしめながら。
終
桜の季節 ぽつねんの竜 @tara3po
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