第514話 OLサツキの上級編、フレイのダンジョン地下十二階での着替えの続き

 ユラは明らかに怒っていた。ユラにももを持たれ、肩に乗る体勢にされているサツキは、ユラの肩に手を付き、身体を捻ってユラの顔を見ようとした。だが、ユラの横髪が邪魔で顔が見えない。


「ユラ、お願い降ろして」


 ユラにそう言うが、ユラは振り向きもしない。


「お前さ、自分のひと言がどんだけサツキを傷付けたか分かんねえのかよ!」


 すると、アールが戸惑った様な口調で弁明を始めた。


「え? さっきのことか? あんなのほんの冗談だろ」

「あれが冗談のつもりだったら、あったま悪い冗談だな!!」


 ユラが怒っているのは、サツキの為だ。ユラはサツキの為に、好きな相手のアールにもこうやって噛みついているのだ。


 猛烈な罪悪感が、サツキを襲った。


 そんなことをさせる為にサツキはここにいるんじゃない。なのに、サツキが来てから、このパーティーはどんどんおかしくなっていっているんじゃないか。


「ユラ、いいから! 私は大丈夫だからっ」

「いい訳あるか!!」


 ユラが泣きそうな顔でサツキを見上げてきた。どうしてそんな顔をユラがしなければならないんだろうか。それもこれも、サツキの心が弱い所為だ。


 全部、サツキの所為だ。


 サツキの裾の端を掴んでいたラムと目が合った。その瞬間、ラムの手がニョニョっとハンマーの形に変わったと思うと、くるりとアールを振り返る。自分をテイムした本来の主人に向けて、ハンマーを構えた。


 すると、アールが驚いた様に一瞬身構え、それからくしゃっと髪を掻いた。その顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。やはりアールには悪気など全くなかったのだ。


「あの、ごめんサツキ」

「お前はもうサツキに近寄んじゃねえ!」

「謝る位はさせてよ」

「お前はもう喋るな!」


 すると、それまで黙って様子を見ていたウルスラが、口を開いた。


「さっきのはアールが悪い。ラムが歯向かうのも分かるわ」

「ウルスラ、俺……」

「でも、多分意味が分かってないと思うのよね」

「……」


 ユラの奥歯が、ギリッと嫌な音を立てた。サツキを抱える手には力が篭り、かなり痛い。


 ウルスラがアールの横まで来ると、サツキににっこりと笑いかけた。


「リーダーの教育が足りなかったみたい。ごめんねサツキ」

「違うのウルスラ、さっきのは私が……っ」

「アールには、ちゃんと今から話す」


 ウルスラが、アールの肩をぐっと掴んだ。


「だから悪いけどユラ、サツキと暫く席を外してくれない?」

「……分かった」

「頃合いを見て戻ってきて」

「ああ」


 ユラはサツキを抱えたまま、スタスタと元来た道を戻り出した。


 サツキはユラの顔を見ようと頑張って起き上がろうとすると、ユラがその背中を押さえつけてくる。だから更に抵抗すると、ユラがふっと手の力を抜いた。


「わっ」


 後ろにひっくり返ったサツキを腕に抱き抱え直すと、至近距離でサツキの顔を覗き込んだ。


「ちゃんといるよな?」

「い、いるよ」


 サツキがそう返事をすると、ユラはハアーッと長い息を吐きつつ、サツキの胸元に顔をうずめてしまった。サラサラの金髪が頬に触れて、くすぐったい。


「……死ぬかと思った」


 ポツリと、胸元からユラの声が聞こえてきた。

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