第505話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略二日目の朝の執務エリア

 リアム達がビルの三階にある執務エリアに入ると、中が少しざわついている様だ。それも、あまりいい雰囲気ではない様な不穏な気配を感じる。


 それは祐介達にも分かったのだろう、祐介はリアムに、潮崎は木佐ちゃんにそれぞれ廊下で待つよう仕草のみで言った後、二人だけで中へと入って行ってしまった。木佐ちゃんが不安そうな表情を浮かべて手をさすっているので、リアムは安心させる為に木佐ちゃんの背中を優しくさすってやった。


 そうして二人で中から何か聞こえないかと耳を澄ましていると。


 ドガン!! と執務机だろうか、固い、だが空洞がありそうな物を打つ大きな音がした。リアムの手に触れていた木佐ちゃんの背中が、ビクッと震えた。可哀想に。リアムは木佐ちゃんに酷く同情した。彼女はこれまでも幾度となく恐ろしげな大きな音にかなりの反応を見せていた。恐らくは、大きな音や荒事が苦手なのだろう。リアムとて、日々戦いに明け暮れていたものの、別に好きではない。あれは仕事だからやっていたのだ。


「お前ら何なんだよ!! その目つきは!!」


 羽田の声だった。二日間無断欠勤していたので、何となくもう来ないのではと思っていたが、まさか当たり前の様に出社してくるとは。それとも、酒の勢いで行なった所業をあまり覚えていないのだろうか。


「羽田さん、あんた二日間も何やってたの」


 落ち着いた潮崎の声が聞こえた。あの男はひょろひょろで存在感は薄いが、芯の強さを持っている。殴られでもしたらひとたまりもないだろうに、潮崎の声には恐怖の色は微塵たりとなかった。木佐ちゃんが惚れるだけの度量を持つ男である。完敗だ。リアムは素直に認めた。


「外回り行ってたんだよ! 直行直帰だ直行直帰!」

「訪問先は報告が鉄則でしょ。報告書貰ってないよ。僕への報告が必要って知ってるよね?」

「これから書くんだよ!」

「行ったかどうか、確認しても構わないよね?」

「潮崎お前!! 俺を疑ってんのか!!」


 またガン! と大きな音がしたかと思うと、ゴミ箱がころころと転がっていくのがちらりと見えた。木佐ちゃんを見ると、涙目になってしまっているではないか。これは拙い。このままここにいても、最悪羽田が出てきて鉢合わせする可能性がある。


「木佐ちゃん殿、こちらへ」


 リアムは小声でそう言うと、木佐ちゃんの背中を押し、給湯室へと急いだ。執務エリアからはがなり声が響き続けているが、これは木佐ちゃんにこれ以上聞かせる訳にはいかない種類のものだ。


 給湯室に隠れると、リアムは不味さには定評のあるコーヒーを紙コップに注ぎ、木佐ちゃんに渡した。


「不味いが」


 すると、ようやく木佐ちゃんの顔に笑顔が浮かんだ。


「知ってる」


 リアムも自分用にコーヒーを注いで、ふうふうしながら一口飲んだ。熱いし不味いが、落ち着くにはいい儀式だ。木佐ちゃんもふうふう言いながらコーヒーを飲むと、「あち」と言った後、リアムをちらりと見た。


「……頼もしくない先輩で、ごめんね」

「何を言っている。先日のあの消火器での勇ましい姿、物凄く頼りがいのあるものだったぞ」

「あは、あれはもう無我夢中で」


 木佐ちゃんが照れながら微笑んだ。リアムも微笑むと、執務エリアからドタドタとわざと音を荒げて出ていく人物がいた。羽田だろう。


 リアムは口に指を当て木佐ちゃんを向くと、木佐ちゃんも頷いたのだった。

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