第489話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略初日の接触開始

 リアムが外階段へと続く重い扉を開けると、建物の外側の踊り場の柵に寄りかかって外を眺めている早川ユメがいた。茶色い髪をふんわりと風になびかせ、着ている淡いピンク色のワンピースは甘さを醸し出している。その雰囲気を除けば。


 早川ユメは、扉を開ける音にも振り返らず、口から白い煙を吐いている。


 扉がガチャン、と金属がぶつかる音を立てながら閉まると、ようやくかったるそうに振り返った。見るからに不機嫌そうな顔をしている。


「……何か用?」


 少し舌が短いのか、可愛らしい口調で言えば舌っ足らずの可愛らしい雰囲気が出せるであろうその喋り方には、今は愛想のあの字もなく刺々しい。すると、リアムの雰囲気がこれまでと違うことに気付いたのだろう、思い切り眉間に皺を寄せた。


「なにあんたその格好」

「祐介が選んでくれたのだ」

「あの男、そんな感じのが好みなんだ。意外。もっと可愛い系が好みだと思ってた。喋り方優男やさおだし」

「お前は祐介は好きではなかったのか?」


 すると、早川ユメが不審そうな顔になった。


「あんた何、その喋り方」

「ちょっと諸事情あってな」

「……何よ諸事情って」

「それは、私と親しくなればいずれ分かるだろう」

「――は?」


 渾身の「は?」が出た。ここまで「は?」一つで相手を馬鹿にし、且つ不可解だと表現出来るのは凄い。リアムは素直に関心した。


「お前は感情が豊かだな」

「だから何で上から目線なのよあんた。私の方が年上なんですけど」

「そうか、この国は年功序列の意識が強いのだったな」

「……頭おかしくなったの?」

「私はすこぶるまともだぞ」

「……付き合いたくない」


 早川ユメは煙草を灰皿にもみ消すと、足元に灰皿を置いて階段を登ってきた。


「どいて」

「お前に話がある」

「だからお前ってね、どういうことよ」

「私の方が先輩だろう?」

「……まあ、入った順はそうだけど」

「お前の理論で言えば、この会社内では私の方が立場は上だ。違うか」

「はいはい、もうそれでいいわよ。いいから通して」


 早川ユメはその場で仁王立ちすると、リアムを思い切りめつけた。


「話があると言っただろう」

「じゃあその話をさっさとしなさいよ」

「今日の昼、一緒に食事に行かないか」

「……はい?」


 早川ユメの顔に、「何言ってんだこいつ」という表情が浮かんだ。指でリアムを指し、次いで自分を指した。


「あんたと? 私が? 一緒に食事?」

「そうだ」

「ない! ないないない! 私あんたみたいな地味子と一緒に歩いているだけでも虫唾が走るし」

「今の私は地味ではないと思うが」

「……ま、まあ今日はね」


 コホン、と早川ユメが咳払いをしてリアムを上から下までジロジロ見た。


「でも、どっちにしろ今日は社長の会食に付き合うから昼は空いてないし!」

「では明日はどうだ?」

「え……」

「明日が駄目なら明後日はどうだ?」

「いや、気持ち悪いんですけど」

「私は、お前と友になりたいと思っているのだ」

「のだ、と言われても、こっちは御免なんだけど」


 早川ユメは相当引き気味だったが、ここで引いてはならぬ。


「まずは試しに一度ご一緒いただけないだろうか」


 そう言って早川ユメの二の腕にそっと触れると、早川ユメがそれを手で振り払った。


「社長に言いつけるわよ!」

「成程、社長に直談判すればいいのか」


 リアムがそう言って頷いた瞬間。


「分かった! 分かったわよ! 明日ね!」


 早川ユメが怒鳴った。

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