第487話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略初日の会社到着
いつもの通り会社近くのカフェで朝食を済ますと、リアムと祐介は会社へと向かった。昨日一日、平日に休暇を取ってしまっている。仕事が溜まっていそうだったので、お互い早く出社したかった。といってもリアムの方は木佐ちゃんがいないとまだ業務を一人でこなすことは出来ない。その為、早川ユメの出社を待ち伏せすることにしたのだ。
「僕も付いて行かなくて大丈夫?」
自席に付きながら、祐介が心配そうに尋ねてきた。ここは社内で、これまでセクハラをしてきていた久住社長ももうセクハラすることもないだろうし、羽田はそもそも今日も出社するかどうかすら怪しい。
「問題ない」
リアムが笑顔で答えると、祐介はまだ少し不安そうな表情を浮かべていたが、リアムは努めて明るく手を振ると、上の階へと上がって行った。このビルの四階は、社長、秘書と経理の階となっており、リアムは初日にさっと祐介に案内されて以来、一度も足を踏み入れていない。
エレベーターを降りると、ガラス張りの小洒落た玄関がある。左右に背の高い植木が配置され、来客用に商品紹介のつもりなのか、アジアンテイストと教わった雰囲気のある木の枝の様な物で編まれた焦げ茶の椅子が並べられている。廊下の壁には味のある模様が描かれた布が飾られ、ここだけ見ると異国に来た様である。
更に先に進むと、受付となる少し背の高いガラス張りのテーブルがあり、これまた焦げ茶の透かし模様の衝立ての奥に執務室がある。この階は会議室もあるが、そちらは受付の手前側にあり、執務室には入らなくてもいい様になっていた。
リアムは衝立ての奥へと進むと、早川ユメの机の上にとても女性らしい革製の薄いピンクの頑丈そうな鞄が置いてあった。なかなか仕立てが良さそうである。がしかし、本人がいない。早川ユメとは背中合わせになる位置に、経理の派遣女性である田辺が座っていた。リアムをチラリと振り返ると、きちっと挨拶をした。
「野原さんおはようございます」
「おはようございます」
リアムもきちんと挨拶を返した。何はともあれ挨拶だと、木佐ちゃんに言われたのを守っているのだ。挨拶をしない奴にろくなのはいないというのが木佐ちゃんの持論だった。
「……どうしたの?」
年配のふくよかな田辺が、不審そうにリアムを見た。それはそうだろう、滅多にこの階に来ることのない事務が、朝からただ突っ立っているのである。何しに来たんだと思うのが普通だろう。
「早川さんはどちらへ?」
「……ああ、あの人? 化粧直しか、一服しに外の階段の所かどっちかじゃない? あの人、いっつも始業ギリギリにならないと戻ってこないから」
一服。成程、早川ユメは煙草を嗜む女性らしい。
「外階段か……ありがとう、田辺さん」
リアムが受付の方に向かい始めると、田辺が苦々しい顔つきになって言った。
「あんまり関わらない方がいいよ。あの人、ここのところ荒れまくってるから」
「荒れまくってる? そうだったのか?」
しまった、いつもの口調が出てしまった。田辺は一瞬眉毛をぴくりとさせたが、それについては尋ねては来なかった。
「ここのところ、暫く。触らぬ神に祟りなしよ」
「ご助言感謝する」
「はい?」
「では」
リアムはそう言うと、エレベーター前の階段に続く扉へ向かった。
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