第483話 魔術師リアムの上級編・早川ユメ攻略初日の出勤準備

 リアムはもう段々自宅と認識する様になったサツキの家に魔法陣を使用し戻ると、着替えを始めた。また着替えを祐介に見られると、今度こそもうどうなってしまうか分からなかったので、祐介にはこちらに来る前に電話を入れろと言ってある。祐介自身はまだ魔法陣を使用していないが、魔法陣は魔法が使えない者でも使用出来るので、問題はない筈だった。


 すっかり慣れたストッキングも着用し、待機する。すると、祐介から着信があった。


「サツキちゃん、そっちに行っても大丈夫?」

「大丈夫だぞ。いいか祐介、フルールだ。円の中心に手を当て、フルールだぞ」

「わ、分かった」


 さすがに声が震え気味だった。


「じゃあ、やってみる」

「ああ。大丈夫だ、失敗する場合はそもそも転移が出来ないだけだ」

「それを聞いて安心したよ」


 祐介はそう言うと、電話を切った。リアムはベッドの方に向き直ると、壁に貼られた魔法陣を見つめ、待つ。すると、ブウゥゥン……と音を出した魔法陣が、青く光った。青い光が人の形をあらわし始め、一瞬後に祐介が落ちてきた。


「うわっ!」


 ベッドの上にボン! と落ちると、目をぱちくりさせつつリアムを探し見つけた後、――破顔した。


「僕にも出来たよ、サツキちゃん」

「ああ、見てたぞ」

「やばいしか言葉が出てこないよ、やばいねこれ。語彙力喪失する」

「気分は大丈夫か? ふらついたりしていないか?」


 リアムがまだ座り込んでいる祐介の頬に手を伸ばすと、祐介がにっこりとしてその手を上から重ねた。


「大丈夫だよ」

「なら良かった」

「……君が来てから」


 祐介が、キラキラした瞳でリアムを見上げる。


「ん?」

「君が来てから、僕の世界はすっかり変わったよ」


 そう言うと、祐介はリアムの手を握り、リアムの手のひらにキスをした。ふにゅ、と柔らかい感触があり、リアムは思わず唾を呑み込む。心臓がばくばくいい始める。サツキの身体は若いが、こんな使い方をしていたらくたばる日も早いのではないだろうか。サツキよ、寿命を縮めていたら申し訳ない。リアムは心の中でサツキに謝った。


「僕のところに来てくれて、ありがとう」


 リアムは、何も言えなかった。何故か。目下絶賛混乱中だからである。


「……どうしたの?」


 祐介が手を握り締めたまま、リアムに優しい笑顔を向けて尋ねた。


「唇があわあわしてるけど」


 くすっと笑うと、顔を近付けてリアムの動揺しまくる目を見つめた。


「今の、なんかちょっとプロポーズみたいだったね」

「な、な、何を言っているのだ祐介!」


 ようやく言葉が出た。祐介がリアムの手首に親指をそっと当て、言った。


「脈早いよ。大丈夫?」

「からかうな!」

「あはは、ごめんごめん」


 昨日までの祐介とは打って変わり、今朝はすっかりいつもの祐介だった。つまり、リアムをぶんぶん振り回す祐介ということだ。


「さ、お化粧しようか。座って」

「た、頼む」

「任せて」


 祐介はそう言ってリアムをベッドに向けて床に座らせると、自分はベッドに腰掛けリアムを足の間に挟んだ。テーブルに置いてあった化粧道具を取り出し、まずは下地を塗り始めた。


「目を閉じてて」

「うむ」


 リアムが目を閉じると、祐介の指が頬に触れた。その後唇に一瞬触れたのは、きっと指だろう。きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る