第434話 OLサツキの上級編、フレイのダンジョンの地下十階へ

 地下九階の残りの道は、時折いきなり襲ってくる子蜘蛛にドキッとさせられてはいたが、概ね順調に進めた。


 サツキを休ませたいというユラの願いに同調したウルスラは、アールと共に前衛にいる。サツキは、先程感じたことをユラに話してみることにした。


「ユラ、さっきの親蜘蛛を、子蜘蛛達が守ってたよね」

「そうだな。それがどうした?」


 石は今は魔力を放出しない様にユラの鞄に入っているが、ユラは当たり前の様にサツキの手を握っていた。何かあった時に咄嗟に反応出来ないとろい奴と思われているからだろうな、というのがこれまでのことから何となく理解出来た。


 もしそれ以外の目的だったら、ウルスラ辺りが黙ってやいないだろうことを考えると、まあ間違ってはいないだろう。


「親を殺されたくなかったのかな、とちょっと思って」


 うまく言えなかったが、これまではただの気持ち悪い蜘蛛だと思っていたのに、あの行動を見て、ああ、あの子蜘蛛達にはあの親は大事な存在なのだと思ってしまったのだ。


 ユラは少し呆れた様に微笑んだ。


「サツキはモンスターにはやたらと同情的だよな」

「そういう訳じゃないけど」

「だけどなサツキ。勘違いすんなよ」

「何を?」


 ユラの顔が真剣なものに変わった。


「俺達人間は地上、モンスターはダンジョンって棲み分けが出来てるから世の中成り立ってんだよ。当然モンスターにだって親もいりゃあ伴侶もいるだろうけどさ、それに憐れんで繁殖しまくらせて、結果ダンジョンの外に溢れてきたら俺達人間は生きていけなくなる」


 サツキは、何も言い返せなかった。確かにユラの言う通りだったから。


 ユラは続けた。


「モンスターを憐れんで情けをかけていいのは、そいつらが過ごせる居場所を提供してやることが出来る奴だけだと俺は思う。例えば、ラムや須藤さんみたいにな」


 ユラが、サツキの横を歩くラムを見た。その眼差しがいつもよりも優しいものに見えたのは、サツキの気の所為だろうか。


 すると、ユラがサツキの顔を見て笑った。


「そんなにしょんぼりすんなよ。別に叱った訳じゃねえし」

「しょんぼりなんてしてないもん」


 頑張って、何でもない顔を作っている。


「嘘つけ」

「嘘じゃないし」


 サツキがツンと澄まして言うと、ユラの手に力が篭った。


「……まあ、偉そうに言ったけどな、これは冒険者が誰しも一度は考えることだろうな」


 ユラが、静かに言った。


「皆、何も思わずモンスターをバンバン殺してる訳じゃねえよ。中にはそういう奴もまあいるかもしれないけど」

「ユラ……」


 だからさ、とサツキを見上げるユラの目は、慈愛に満ちていた。


「サツキは今、冒険者としてぶつかるであろう悩みに直面した訳だ」

「私が、冒険者……」


 ユラが笑って頷いた。


「サツキも冒険者のスタート地点に立ったってことだな」

「……そういうことでいいの?」


 すると、ユラがハッと笑った。


「いいも何も、サツキは今や立派な冒険者の一人だ。だから自信を持て。な?」


 自信を持て。繰り返しユラに言われていたことだったが、ここにきてサツキはようやく少しその意味に気付き始めていた。


 悩み、迷って道を切り拓け。


 ユラにそう言われている気がした。

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