第417話 魔術師リアムの上級編初日の就寝

 言葉通り、祐介はすぐに来た。成程、こういって準備が出来たら呼び出せばいいのであれば、電話というものも使い様によっては便利なものだと思った。


「えーと、こんばんは」


 祐介が、目を泳がせながら入ってきた。明日の服らしき着替えも一式持ってきていて、準備のいいことだ。


「祐介、頭が冷えてきてしまったのだ、早めに頼む」

「あ、うん。ごめんね待たせちゃって」

「いや、元はといえば私が自分で出来ないのが問題なのだが」

「これは僕の仕事だから取らないで」


 祐介はそう言うとベッドの上に腰掛け、床に座ったリアムを膝の間に挟んだ。ドライヤーの電源が入り、温かい風が冷えていた頭皮を温めていく。祐介が指を髪の間に入れ梳く瞬間が、リアムは堪らなく好きだった。


「溶けてしまいそうな位気持ちいいぞ」

「僕も溶けそう」

「何故祐介が溶けるのだ」

「さあ何ででしょう」

「さっぱり分からん」


 祐介はドライヤーをかけることに快感を覚える種類の人間なのだろうか。そして不意に思った。


「祐介、手は洗ったか?」

「……普通聞く? そういうこと」

「いや、あまりにもすぐに来たので洗ったのかどうかが気になり」

「洗いましたよ」

「安心した」

「人を何だと思ってんの」

「いや、だから禁欲がな」

「禁欲の話はもういいって。こうやって自分で何とかしてるから」

「……それは失礼した」


 祐介が苦笑しつつ言った。何だか逆に気を使わせてしまった様だ。確かにこの話は敏感な話である。あまりしつこく言うのも失礼なのかもしれないので、この辺りで止めた方がよさそうではあった。


「はい、出来上がり」

「もう終わってしまったのか」

「はは、本当に好きだね、これ」

「好きだぞ」

「僕も好き」


 祐介はドライヤーをテーブルの上に置くと、リアムを背後から抱き締めた。いつもの髪の毛の匂いを確認する時間なのだろう。


「僕も、大好きだよ」


 リアムの髪に顔をうずめた祐介が、言った。その瞬間、リアムの心臓がどくん! と跳ね上がり、明らかに鼓動の速度が上がった。いかん、これではドキドキしてしまっていることがばれるではないか! リアムは焦った。


「は、ははは、祐介はシャンプーの匂いが本当に好きだな!」

「うん」

「そろそろ、ね、寝ようと思うのだが」

「うん、寝ようか」

「で、では、先に祐介が横になれ!」

「サツキちゃん大丈夫? 挙動不審だよ。まあいつも割とそうか」

「何か言ったか」

「すみません何でもないです」


 祐介はクス、と笑うと、ベッドの奥に移動していった。リアムはテレビの電源を切り、照明を暗くして祐介を振り返ると、にこにこして腕を広げて待っている祐介がいた。


「ほら、おいで」


 好きな男が腕を広げておいでと言っているのに、行かない理由があろうか。来いと言われているのだ、行かなければ魔術師の名もすたるに違いない。


 だから、リアムは祐介の胸に飛び込んだ。祐介は、そんなリアムを優しく抱き止めてくれる。


 一生、ここにいたい。


 そう願いながら、リアムは静かに目を瞑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る