第407話 魔術師リアムの上級編初日の夜

 祐介の手が下腹部に触れ、腕枕をされ更に後ろからぴったりと抱きすくめられているこの状況で寝れる筈がない。心臓がどきどきして無理に決まっている。


 そう思っていたが、例の薬が効いたのだろうか。痛みが少しずつ減っていき、祐介と密着している間に寝てしまったらしい。ぱち、と目を覚ますと、カーテンの隙間から見える外はすでに暗くなっていた。


 祐介は相変わらずリアムをがっちりと掴んで離さないが、頭の上から聞こえるのは気持ちのよさそうな寝息だ。動こうとしたが、重くて動けない。触れている部分に汗をかいてしまっているが、これはリアムの汗か、それとも祐介の汗か。


 リアムは今は抜け出すのは諦め、少しずつ仰向けになるように祐介の拘束の中移動した。暖かな祐介の胸に、ぴた、と顔の側面を付けてみる。どく、どく、とゆったりとした祐介の鼓動が聞こえた。


 祐介は、リアムを恋人だと思って接していると言っていた。あれは一体どういうつもりで言ったのだろうか。前に言っていた、リアムが男性を好くことが出来る様にする為の一環であろうか。それとも、本当に恋人にしたい……いやいやそんなまさか。


 いずれにしても祐介は、サツキのこの見た目で錯覚しているに違いない。これはやはりサツキなのだと。中身はリアムではないと、もしかしたら思いたいのかもしれない。


 リアムは、寝ている祐介の頬にそっと手を触れてみた。少し汗ばんだ頬に、サツキの若い肌が吸い付く。いっそのこと、リアムがリアムであったことを忘れられたならよかったのかもしれない。もしリアムがアルテラの呪文を唱えられる状況であったなら、身も心もサツキとして生きられたであろうに。


 だが、そうしたらきっとこの想いは消えていた。


 リアムは、昔に師がかつての恋人にアルテラの呪文で変身しようとしたことがあったのを思い出した。あの時、自分は何と言っただろうか。確か、それは魔術師の本分ではないとか何か生意気なことを言った覚えがある。あれは何故ああ言ったか。


 師という意識がいなくなるのが怖かったのだ。だから、自分という子供に変身する様に勧めた。リアムの中には、大した思い出などなかったから。だけど、師であるマグノリアと過ごしている日々は輝いて煌めいていると伝えたかったから。


 リアムにとって、師の見た目などはどうでもよかった。あの人の優しさ、滅茶苦茶だと思うと思慮深いことを言うところ、リアムに叱られた後にリアムの機嫌を直す為にやってくれた色々なことがリアムにとって宝物なのだと、言わずとも理解してもらいたかったのだ。


 師が亡くなり、残した書き付けを見ていると泣きたくなり、紐で括って天井裏に隠してしまった。あそこには、師の残した研究がある。リアムがこちらに来てしまった以上、あの存在を見つける人間はもういないのかもしれないと思うと、気持ちのままに行動してしまったことを後悔した。あれを、サツキが見つけてくれないだろうか。何とか伝えるすべはないだろうか。


 だが、リアムには何も思いつかなかった。

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