第379話 魔術師リアムの上級編初日の化粧

 大浴場はかなりの広さで、露天風呂も人が少なくとてもよかった。だが、やはり皆この胸に注目するのだけは気恥ずかしかった。


 女湯に入っているのだから、当然の如く他の客も女なことに脱いでから気付いたのだが、女の裸を見ても笑える位何も感じなかった。いよいよ心も女になったのか。そう思ったが、恐らく男の裸を見てもあまり何も思わない。


 唯一ドキッとしたのは、祐介の裸を見た時だけだった。冷静に考えてみるとやばい奴である。


 そんなことをつらつらと考えていた所為で、風呂から出た時に椅子に座って待っていた祐介を見て、つい目を逸らしてしまった。


 部屋に戻ってまた髪の毛を乾かしてもらい、祐介がリアムの頭の匂いを堪能してから、今度は自分で髪の毛を乾かしていた。少し悔しかったが、まああの出来では仕方ないのかもしれない。


 その後は、どうやら祐介が密かに楽しみにしていたらしい化粧が始まった。


 祐介は、実は化粧の仕方を例のインターネットなるもので調べていたらしい。元来が凝り性なのだろう、祐介が何やら語りながらリアムに化粧を施しているが、意味が半分以上分からなかった。


「最後、口少し開けて」

「あ」


 祐介が口紅を塗っていく。


「んーってやって」

「んー」

「ぱ」


 言われた通り開いた。祐介が少し後ろに下がると、満足げに頷いた。


「大人っぽい。いいね」


 そう言うと、リアムを洗面所の鏡の前に連れて行った。


「どう?」


 それは郁姉が化粧を施した時よりは大人しめだが、似た様な雰囲気の化粧だった。いつもの垂れ目が少しキリッとしている。


「サツキは美人なのだな」

「美人だね。一緒にいる様になるまで大して思わなかったけど。でもこれだって、中身が格好いいから似合うんだよ」


 ね、と祐介が鏡越しに笑った。


「嬉しいことを言ってくれるな」

「事実を言ったまでです」


 褒められて悪い気はしない。リアムが笑顔になると、祐介が途端に物欲しそうな表情になった。リアムの背中から前に腕を回すと、鏡の中のリアムを真っ直ぐに見つめた。耳に触れる唇は、これは偶然なのか、それともわざか。


「朝ご飯を、そろそろ」


 朝食は好きな物を取って食べるビュッフェスタイルという説明を受けていた。食事処に行かねばならないのだが。


「少し位遅れても大丈夫だよ」

「いやしかしだな……」


 どうも今朝の風呂以降、祐介の距離がいつもより更に近くなっている気がする。いくら消えてしまったのではないかと不安になったからといって、よく考えたら裸で後ろから抱きつかれたのだ。


 祐介は、一体どうしたいのか。時折リアムの存在のことに触れ褒めてはくれるが、それでも祐介はあくまでサツキとしてリアムを見ている筈ではなかったのか。このサツキの中身は、自分という男だ。それは一生変わらない。リアムはずっとリアムのままで、この先それを偽って生きていくことになるとしても、ずっとこの身体の中に存在し続ける。


 元の世界に戻らない限り。


 いっそのこと、帰れるならば帰った方がいいのか。あそこにはこの温かみはないが、こうして祐介と暖かな日を過ごした後であれば、リアムももしかしたらもう少しまともな人間関係を築けるかもしれない。


 鏡の中の祐介と目が合った。


 その顔には、恐怖の色が浮かんでいた。

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